土曜日 - 3 月 28, 2009
このブログについて・・・
2007年の4月から、2009年3月末までに朝日新聞の夕刊に、毎週金曜日に掲載したコラム「エチエンヌのクール・ジャパン」のブログ版です。どうぞ楽しんでください。他のメディアでこの連載を継続するチャンスがあれば、このブログにも載せたいと思っています。定期的にチェックしてください。
ファンの皆さん、長い間、このブログを読んでいただいて、心から感謝しています。
Merci beaucoup !
このブログについて・・・
2007年の4月から、2009年3月末までに朝日新聞の夕刊に、毎週金曜日に掲載したコラム「エチエンヌのクール・ジャパン」のブログ版です。どうぞ楽しんでください。他のメディアでこの連載を継続するチャンスがあれば、このブログにも載せたいと思っています。定期的にチェックしてください。
ファンの皆さん、長い間、このブログを読んでいただいて、心から感謝しています。
Merci beaucoup !
厳島神社
今回で、この連載は最終回。100回近くを読んでいただいた読者のみなさんともお別れだ。最後に、僕にとっての一番クールな体験を、みなさんと共有したいと思う。
22年間の滞在中、いろんな出会いがあり、いろんな場所へ行き、たくさんの体験をしたが、数年前、広島県の厳島神社で撮影のために過ごした一夜は、僕の心に深く刻み込まれている。それまでにも、何度も足を運んだことはあった。初めて訪れた時には他の観光客と同様、海中に立つ大きな朱塗りの鳥居に驚かされたものだ。
この時は特別に、拝観時間が終わった夜に撮影させてもらうことができた。日が沈んだ後、白いちょうちんの光と月光に照らされる本殿を1人で歩き回った。慎重に写真のアングルを決め、数時間をかけて思う存分撮影した。遠い昔から立つ神社と一体化したような感じがして、とても神秘的な体験だった。
日本を訪れて、何を「クール」と感じるかは人それぞれだ。古いお寺や神社のたたずまい、オタク文化、ハイテク、食文化、日本人の心遣い、日常の利便性など、どれか一つだけに絞るのは難しい。重い課題も多い日本社会だが、この2年間の連載で、「日本や日本人はまだまだ捨てたものじゃない」ということを、僕はアピールしたかった。もし、読者のみなさんにそういう気持ちになってもらえたとしたら、目標達成だ。
では、またどこかの紙面でお会いしましょう! Au Revoir!
パッケージング
みなさん、海外でCDやDVDを購入したことがありますか? 外国製のCDなどの透明ラッピングフィルムをはがすのは、僕の「日々小さなイライラ番付」の中でも大関級。ほとんどに、簡単に開封するための目印のテープが付いていないため、はさみを使わないではがすのは、至難の業だ。時にはつめや歯まで総動員することになる。僕みたいに長年日本に暮らしていると、目印のテープが付いているのは当たり前。海外の製品にまだ付いていないことが時代遅れと感じてしまう。
さて、日本のラッピング技術の中でも、僕が一番感動したのは、おにぎりのラッピングフィルム。印刷された指示通りに作業すれば簡単にはがせるのは本当にありがたい。開発者には勲章をあげたいくらいだ。
パッケージといえば、郵便局やコンビニなどで販売されている「キットメール」も気に入っている。ご存じ「キットカット」の箱に切手を張れば、そのままポストに投函できる。こうして、受験生など応援したい知り合いに、「きっと勝つ」というメッセージを郵送できるわけ。
もともと外国語の「キットカット」と、日本語の「きっと勝つ」を引っかけたダジャレを、キットメールを始めとするプロモーションに結びつけたのは、クリエーティブ戦略家を名乗る関橋英作氏。こういう「あとひと工夫」は、日本企業の財産だと僕は思う。
ひな人形
3月3日にひな人形を飾った皆さんは、もう大切なおひなさまを押し入れに片付けてしまったに違いない。「ひな人形を遅くしまうと、娘の婚期が遅れる」と言われれば、やはり気になるし、時期が過ぎたらすぐに片付けて、子どもにいいお手本を見せたいという親
の気持ちは、この習慣によく現れている。
2月から3月初めまでに来日した外国人は必ず、ホテルやデパートなどに飾ってある立派な七段飾りの写真を撮る。顔を近づけて、人形が細かいところまでていねいに作られているのに感心している人もしばしば見受ける。
日本に住んでいる外国人の中には、場所をとらない親王飾りを買い求めて、リビングのデコレーションとして楽しんでいる人もいる。日本人の習慣を知らないのか気にしていないのか、一年中飾りっぱなしにするのが普通だ。日本人にとっては違和感いっぱいの光景だろう。
でも、職人が心を込めて作った美しい人形なのに、一年のほとんどを段ボール箱に眠らせてしまうのは切ない気持ちもする。女の子が大きくなって無事に結婚したら、役割を終えたひな人形は押し入れにしまわれたままだ。心優しい人ならば、お寺に供養を頼むのだろう。この習慣をフランス人の知り合いに説明したら、即座に「もったいない!」ときっぱり言われた。「いらないなら、私に下さい!」。人形にしてみれば、それもうれしい運命かも知れない。
アキバの英語ガイドブック
「アキバ系外国人向けガイドブック」なるものがある。ご存じの通り、ここは外国人の東京での大事な観光スポットの一つだ。なのに今まで、専用のガイドブックがなかったのだ。
このガイドブックをたった1人で企画・制作・プロデュースした野添利道氏は、外資系の会社に勤めている。少なからぬ外国人の同僚が、日本のポップカルチャーに関心を持っていることを知って、ガイドブックのニーズを強く感じたという。
だが、野添さん自身は元々オタク文化と無縁。まず、何を紹介すればいいかを探るため、休日、秋葉原に出向き、リサーチすることから始めた。200人以上の外国人観光客に声をかけて、その場でインタビューし、行きたい店や困っている点をこまめに聞き出した。その上で、名前のあがった店や飲食店にガイドブック掲載の交渉をした。
英語で書かれたこのガイドブックには、フィギュア、プラモデル、アニメや同人誌の専門店、手頃な飲食店やメードカフェでのマナーなど、秋葉原を初めて訪れる人のための基礎知識が詰まっている。発売後は思わぬ反響があり、海外のメディアからも取材を受けているという(注文はhttp://www.akibaguidebook.comから)。
僕もしばしば外国から来た知人に、秋葉原の歩き方を相談されるので、これからはこのガイドを薦めることにしよう。クール!
裏原の外人ツアー
先週、外国人のための「原宿ウォーキングツアー」に参加してみた。2007年から毎年2月に行われているこのツアー、外国人観光客に東京・原宿のファッションを案内しようというのが趣旨。英語、中国語と韓国語のガイドがつく。
今回の参加者は、台湾から来た女性3人と僕の4人だけだった。前回までは20人以上の参加者がいたそうだ。世界的な金融危機と急速な円高が、観光業界にも大いに影響をもたらしていることを、痛々しく実感した。
大通りから1本入った竹下通りが、観光スポットとして注目されているのは周知の通り。しかし今はむしろ、修学旅行の中高生でにぎわう竹下通りより、とんがった店が集まると言われる「裏原宿」通称「裏原」の方が、関心を持たれている。駅から少し離れた狭い道に面して、小さな店が並ぶ一帯。
僕たちも、路地の奧に隠れている小さなショップを案内してもらったが、少人数で歩き回った分、ガイドや商店会の担当者からは、より丁寧な説明を受けられたと思う。ツアー自体は?分で終わり、もし興味をそそられた店があれば、各自でもう1回じっくり見に行けばよい。土地に不案内だけれど短時間で原宿の街の雰囲気を味わいたい……そんな外国人にはぴったりの企画だろう。
実は原宿駅周辺にはパチンコ店が1軒もないことを、僕はこの時教えられて初めて知った。読者のみなさんは知ってた?
豆腐の引き売り
小説や映画、テレビドラマなどで、「懐かしい風景と音」として紹介されることもある「リヤカーに豆腐を積んでラッパ吹きながらやってくる豆腐屋さん」。年配の日本人ならば、子どもの頃の記憶として残っているだろうが、僕を含めて東京のど真ん中で暮らしている外国人は、映画などを通じて間接的に知るほかない。
数カ月前、仕事場にいると、かん高い、聞き慣れない音が耳に入った。もしやしてこれが、古い映画で耳にした「豆腐屋さんのラッパ」? 勘違いか、タイムスリップでもしたか……数分後、ラッパの音は消え、僕も仕事に戻った。
数日後、同じラッパの音がまた聞こえた。どうも前の週のラッパは、たまたまの出来事ではなかったようだ。そしてある日、ラッパを吹きながらリヤカーを引いている人とばったり出会ったので、声を掛けてみた。東京に豆腐の引き売りが復活していることを、彼の口から聞いて初めて知った。
「よく外国人に写真を撮られるんですよ」と彼は言うが、無理もない。海外でもブームの豆腐がこんなふうに売られているなんて、外国人には驚きなのだ。
東京・築地の豆腐店「野口屋」が、5年ほど前から始めたという。山の手の住宅地から下町まで、引き売り士は現在およそ200人。生ゆば、豆乳、ざる豆腐などを路上で売っている。毎日同じ時間に同じ場所を通るようにしているので、常連さんも多いそうだ。
刺し子のパソコンバック
その即売会場は「職人道楽」というブランドの小物を主に扱っていた。「二重刺子織り」を素材にしているのが、このブランドの特徴だ。厚手の綿布を太い木綿糸で補強した刺子の技術は、昔は火消し半纏、今でも剣道着や柔道着に使われている。藍染めの柄は落ち着いていて粋を感じさせる。職人の知恵や匠の技を生かしながら、今の時代に必要とされている機能をうまく融合させた「職人道楽」の商品を、僕はとても気に入っている。ノート型パソコンは毎日持ち運ぶツールなので、衝撃から守りたい気持ちはどのユーザーも同じだ。そこに丈夫な刺子の技を生かすのは、とてもクールに感じる。
おもしろいことに、このパソコンバッグを打ち合わせ先に持っていくと、日本人、外国人を問わず話題になり、とても評判が良い。同じシリーズの携帯ホルダーも持っているが、これをベルトに掛けてお寿司を食べに行ったら、寿司職人さんの目にとまり、購入元などを尋ねられ、会話のきっかけになった。おかげで、初めて入ったお寿司屋さんだったのに、いきなり常連さんの気分になれた。
コンビニのATM
コンビニのマルチメディアステーション端末機は、東京での日常生活に欠かせないアイテムの一つだ。コンサートなどのチケット手配の他、プリペイド式携帯電話代の支払い、宅配便の手配、レジャー施設の予約など、利用する機会はとても多い。コンビニはどこにでもあるから時間が節約できる。わずかに停止する時間があるとはいうものの、ほとんど24時間使えるから、自分の都合に合わせて好きな時に利用できる。
その場で切符をゲットできるから、日本に住所を持っていない観光客でもだいじょうぶ(わざわざ劇場などの窓口まで行くのって、土地勘のない外国人には大変でしょ)。セブン・イレブンのATMでは、海外のクレジットカードでの現金引き落としが簡単にできるようになったので、口コミやガイドブックなどで観光客にも知られるようになった。外国人にも優しいサービスがコンビニに増えてきたのを実感するが、端末すべてに英語表記の画面がないと、日本語のできる外国人しか利用できない。海外からの観光者が増えているのだから、そこのところをもう少し配慮してほしいとも思う。
150年前のクール・ジャパン
今から約150年前、開港直後に日本を訪れたフランス人は帰国後、本国に初の日本ブームをもたらした。なぜか「MIKADO」と名づけられた掃除用磨き粉のチラシに侍のイラストが使われたり、新作香水のポスターに着物姿の芸者が現れたのは、1870年代だ。日本の浮世絵がゴッホや印象派の画家たちに影響を与えたことは僕も知っていたが、日用品に至るまで、日本のイメージがフランスで使われていたことは知らなかった。
きっかけは、今月30日まで東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催されている「交差する眼差し??クリスチャン ポラック コレクション」展だ。日仏関係史を40年間あまり研究してきたポラックは、幕末の横浜で描かれた浮世絵や、明治維新前後の日本をテーマにしたフランス人アーティストの作品を、長年にわたってコツコツ探し集めている。この展覧会ではそのコレクションの一部が、初めて公開されている。
「今も昔も、日本とフランスはお互いに引かれあっている」と、ポラックは語る。「アメリカとは異なった感受性に、似たところがあるのではないか」
この欄でも何度か書いたように、フランスでは今、日本のマンガやアニメが大人気。要するに浮世絵がマンガに置き換わったということか。150年たって、僕たちフランス人はまた同じことを繰り返したわけだと思ったら、ちょっと笑ってしまった。
一泊2食付きのホテル
先日、久しぶりに来日した両親に温泉を体験させた。熱海に予約した宿は、日本では一般的な1泊2食付き。部屋に着くとほどなく、夕食が運ばれてきた。
日本に何度か来たことあるから、日本食には慣れている。しかし「部屋で食べる」という事態に両親は最初、ちょっと驚いたようだった。欧米では(日本も同じだが)、ホテルのレストランは割高だし、あんまりおいしくないこともある。外の店で食事する方が普通だからだ。しかし、移動で疲れている時に、もう1回外に食事に出るのは確かに面倒くさい。父も「まわりの人を気にしないで、家族だけで会話できる。くつろげるね」と感心していた。
僕の温泉初体験は、来日してまもない頃だから、もう20年くらい前。友人に勧められた温泉に車で行った。そこは予備知識のない悲しさ、宿で食事をとらないのが当たり前と思っていた僕は、事もあろうに「素泊まり」で宿を予約してしまった。
チェックインを済ませてから、もう1回車に乗って、ドライブがてら、おいしいものを食べられそうな店を探したものの、そこは温泉街、あるのはそば屋くらいで、気の利いたフレンチなんか見当たらない(今思えば当たり前だ)。結局、その辺のファミレスに入ってお茶を濁すしかなかった。以来、温泉宿を予約する時には、景色や温泉の雰囲気だけでなく、料理の中身までチェックするようになったのは言うまでもない。
年賀状
今年最初のコラムは、新年にふさわしいテーマから。元旦に年賀状がたくさん届くのは、毎年とても楽しみだが、日本に来るまで、僕は年賀状というものがこの世にあることすら知らなかった。
ご存じのように欧米では、親類や親しい友人にクリスマスカードを送るが、その規模というか枚数は、年賀状がはるかに勝っている。日本郵政株式会社によると、08年に配達された年賀郵便の総数は約30億枚。人口1人当たり30枚弱だ。また、グリーティングカード製造・販売のホールマーク社の調べによると、日本の倍以上、約3億の人口を持つ米国で、05年に送られたクリスマスカードの数は約19億枚。1人当たり6枚強の計算だ。なんと日本の方が5倍も多い。
今年、初めて日本のお正月を体験した僕のフランスの家族に、年賀状を元旦に配達するために、年末年始は大勢のアルバイトが動員されていることを説明したら、驚いていた。「フランスだったら、祝日の元旦は郵便配達係も全員休みで働かない。アルバイトまで雇うなんてあり得ないなあ」
フランスでは近年、郵政合理化のツケで、書留さえちゃんと各戸に配達されてない。「サービスは低下しているのに、年末には1年の苦労(?)に報いろとばかりに、各家庭に心付けを求めてくるんだから」と家族はぼやいた。日本とは正反対。こんなところにも現れる、日本のサービス精神!
築地の競り見学禁止
来年の1月17日まで、外国人にも人気がある観光スポット、東京・築地市場でのマグロの競りの見学が、禁止されている。年末年始の忙しい時期、マナーの悪い一部の見学者が仕事の妨げになるから、というのが理由だ。
テレビのニュースで、ベビーカーを押して入場する、生ものであるマグロに素手でさわる、競りの最中にフラッシュをたいて写真を撮るといった、外国人観光客の遺憾な行動を見たときには、正直言って、僕もあきれてしまった。文化の違いでは説明できないマナー違反、市場関係者が怒っても仕方がないし、見学中止にも文句を言えない。
「旅の恥はかき捨て」という日本語もあるように、観光客のマナーの悪さは昔から、世界中の観光地を悩ませている。しかし、生な異文化体験は観光の基本というのも本当だ。寿司や和食を「クール!」と感じ、その現場である築地を自分の目で見て体験したい人々がいるのは、築地が重要な観光資源でもあるということ。それも忘れてはいけないのではないか。
すでに注意事項などを書いた外国語のパンフレットは用意されているという。それに加えてたとえば、中国語や英語を話せるガイドのツアーを設ければ、働いている人に迷惑をかけないで、観光客も築地市場を満喫できるのではないか。年明け以降の対応は未定だというが、ぜひ工夫して再開してもらいたい。
右綴じのマンガ
日本のマンガのフランス語版がフランスの書店に現れたのは15年ほど前にすぎないが、若者の心をとりこにして、フランスのマンガ市場は日本の次に大きいと言われている。本の売れ行きが悪いのはフランスも同じ。でも唯一売り上げを伸ばしているのがマンガだ。
マンガブームは出版業界にとって、ある種の革命だ。グーテンベルクが?世紀に活版印刷技術をもたらして以来、欧米の出版物はすべて左綴じだった。しかし今、フランスで出版されるマンガのおよそ3分の2が、日本同様右綴じ、ページの流れも右から左で、本来の欧米の造本とは逆だ。日本には右綴じの本も左綴じの本もあるから、日本人は両方に慣れている。しかし欧米人にとって、「右側のページから読む」のは新鮮な出来事だ。「初めてマンガを手にしたとき、読む方向が分からなかった」とファンたちは言う。
日本版のネームだけフランス語に入れ替えて、そのまま右綴じに製本するのは、出版社もラク。左綴じに造り直すためには、左から右に物語が流れるようにコマを入れ替えなければならず、手間も費用もかかるからだ。ファンも「日本人みたいでカッコイイ」右綴じを望んでいる。
マンガばかり読んでいるうちに癖がついて、左綴じ本のページを逆方向にめくってしまったという笑い話を聞いたことがある。もしかすると右綴じ本は、日本文化が海外の人々に与えている一番大きな影響かもしれない。
コンビニ
深夜や祝日、電池や録画用DVDが足りないのに気づくことがある。急に決まった出張に持っていく歯磨きや下着が必要になるかもしれない。そんな時、日本ではコンビニに駆け込んで用を足すことができる。365日24時間営業、限られたスペースに生鮮食料品から日用品まで、味や鮮度の落ちた食べ物がいつまでも棚に並んでいないように、品切れにならないようにと、在庫や品質の管理にかなりのエネルギーが費やされている。しかも、都会ならほんの数分歩けばたどり着くことができる。
フランスの友人たちには、こういう店のあり方自体が理解しづらいようだ。彼らに説明する時にはいつも、「24時間営業のスーペレット」と言っている。「スーペレット」はいわばミニスーパーで、7時から夜7時半くらいまで営業している食材が中心の店。
パリならば、通称「街角のアラブ店」という移民が経営する小型食料品店がけっこうたくさんある。夜?時頃まで買い物できるのはよいのだが、あんまり清潔でないし、天井まで品物が積み上げてあったりと、買う人の身になっていないから、普通の店が休んでいる日曜日に日用品が切れた時か、夜遅くまで帰宅できない1人暮らしの人しか利用しない。
フランスにもコンビニがあればよいとは思うの。しかしたとえ24時間営業はできても、日本みたいなきめ細かな運営ができるかどうか……。コンビニそのものが、日本ならではの文化なのだ。
太陽光発電式街灯
先頃、東京新宿区の牛込中央通りに、太陽光と風力で発電する街灯が12基設置された。背の高い「あんどん」のような外見。太陽光を受け止めるソーラーパネルと風車が取り付けてある。消費電力も二酸化炭素排出量も、もちろんゼロだ。そう聞いて、付近住民の僕も、なんだかうれしくなった。なぜなら僕は、エコロジーはこういう小さな工夫から始まると思っているから。しかし限られた地域の出来事というだけでは、単なる面白い試みで終わってしまう可能性がある。もっと全国規模に広げないと。
たとえばフランスでは最近全国で、「自転車共有システム」が広まりつつある。昨年パリで始まって評判になったものだ。市内に1500カ所の乗り場があり、日本のママチャリに似た自転車2万台が備え付けてある。無料ではないがとても安いので、都心の乗り場では「品切れ」になることも。1年間で2千万件を超える利用があったという。渋滞がずいぶん解消されたし、空気がきれいになったと好評だ。
日本だったら、どんなことができるだろう。たとえば、自動販売機を太陽光発電式にするというのはどうだろうか。いきなり全部は無理だから、まず東京から始める。日本は世界一自販機の多い国、かなりの節電効果が期待できる。世界にもバッチリ日本の技術と環境への取り組みをアピールできると思うのだが、いかが?
七五三
11月は七五三。親に連れられた小さな子どもたちが、和服を着て神社に詣で、記念写真を撮る光景をあちこちで見かける。偶然その場にいあわせた外国人観光客は、親に一声かけて、あるいは何も言わずに勝手に、写真を撮る。欧米人にとって、和服姿の子どもは珍しいのだ。読者の皆さんにもそういう経験があるかもしれない。我が娘も5年前の七五三に日光の東照宮にお参りした時、たくさん写真を撮られた。本人は写真嫌いなので大変迷惑そうだった。
欧米には七五三のようにして子どもの成長を祝う行事はないが、発想として一番近いのは、「理性の年」と言われる7歳ごろにカトリックで行う「初聖体拝領」かもしれない。
ご存じのようにカトリック教会のミサには、「ホスチヤ」と呼ばれる小さなパンを受け取る儀式がある。キリストの体をあらわすとされるこのパンを受け取るのは、信徒がキリストと一つになることを象徴している。幼すぎてそれが理解できない子どもには、聖体拝領は認められていない。つまり初聖体拝領をすませることは、一種の信仰上の成人式。大人の仲間入りなのだ。
この特別な日、子どもは真っ白の式服を身につけ、英雄扱いだ。そして家族全員で新米信者を迎え、成長を喜ぶ。当然、記念写真がたくさん撮られる。もしその時、たまたま教会の前を通りかかる日本人観光客がいたら、カメラを構えるだろうか?
携帯灰皿
僕と同じように日本に長く暮らすフランス人の友人は愛煙家。子どもたちへの影響を考えて、家の中では吸わない。ちょっと時間ができると外に出て、思う存分たばこを楽しむ。その時、欠かせないアイテムは携帯灰皿だ。
「以前、街頭で配ってるのを手渡されたのがきっかけ。今では必需品ね。フランスにいた頃は、吸い殻は道に捨てて踏み消してたんだけど、振り返ってとっても恥ずかしいわ」
日本たばこ産業(JT)によると、携帯灰皿自体は70年から作られているという。しかし急速に普及したのはここ数年。喫煙マナー向上が叫ばれ、広く市販されるようになった結果、今年7月の調査では、喫煙者の4割弱が常時持ち歩くまでになった。
友人は「たまにフランスに帰る時には、日本でたばこを買いだめするの。フランスではたばこが日本の倍も高いでしょ。もちろん、愛用の携帯灰皿も荷物に詰め込むわ」と言う。フランスでそれを取り出すたびに、愛煙家たちはびっくりして、「これは何?」。説明すると、「賢い!」「僕も欲しいから今度買ってってきて!」などの反応があるという。
フランスでは今年の1月からカフェ、バーやレストランなどでの喫煙が禁止されるようになった。愛煙家は路上に出て、店の前で吸う羽目になっている。さて、携帯灰皿は、いずれフランスでも普及するのかしら?
アラーキー
アラーキーこと荒木経惟の大型展覧会が、海外で定期的に開かれているのをご存じだろうか。
アラーキーが名高い理由の一つは、言うまでもなく、女性のヌードを数多く手がけているからだ。おおっぴらに眺めるのがはばかられるヌードでも、有名な作家の「作品」として美術館に展示されれば、胸を張って観賞することができる。そしてアラーキーが批判を浴びるのも、同じ理由からだ。?年の暮れにはベルギーで、個展に反対する人が、美術館の外壁に飾られた大型ヌード写真に火炎瓶を投げつけたこともあった。
今年9月にフランスで、アラーキーについてのエッセーを出版した小説家・評論家のフィリップ・フォレストが先月末、荒木と対談した折に、僕はナマ・アラーキーと対面する機会を得た。
フォレストは、ユリやランなどの花や腐った果物を官能的に撮るアラーキーの「目」、自分の人生を私小説のように記録・演出する方法、縛られた女性などをタブーなしに真っ正面から撮る姿勢を高く評価している。僕もフォレストと同じ意見だ。
しかし会ってみたアラーキーは、こうやって格調高く評価されることを、必ずしも好まないように見えた。演壇の上からさり気なく「僕は、『エロス』ではなく、『エロ』写真を撮り続けたい。エロでなければ写真にならないし、人生もない」と強調した。こういう気取らない反応が、彼にはとてもよく似合う。
日本国際検定試験
文化の日、「国際日本検定」という試験を受けてみた。日本に関心を持つ外国人に、日本の文化や社会についてきちんと説明できる知識が身についているか、試してみよう、というのがこの試験の趣旨だ。思い切って、高校生以上を想定した「上級」に挑戦した。全国でおよそ千人が受験したそうだ。東京会場には40人弱の老若男女が集まったが、外国人の受験者は、見たところ僕だけだ。
さて、試験開始。国語、地理、歴史、文学、風俗、経済、政治、観光など、問題はさまざまな分野から出される。100問に与えられた時間は90分だけ。正直言って時間も知識も足りなかった。小中学生向けだという「初級」を受けておけばよかったかしら。
ただ、負け惜しみじゃないが、一つだけ言わせてもらいたい。出題と趣旨がちょっとずれてるんじゃない? たとえば一条天皇の中宮彰子(「源氏物語」の作者紫式部が仕えた人だ)が誰の娘なのか、外国人に説明する機会がどれくらいあるだろうか。日本に20年以上暮らす僕の実感では、外国人はたいてい、そこまで細かくはない知識——「源氏物語」の作者は誰か、で十分満足するだろう。
この疑問を主催者にぶつけてみたら、「今年でまだ2回目、試行錯誤の段階なので……」とのこと。本当に国際交流に役立つ試験を目指すなら、外国人のニーズを改めて確認したほうが、もっといいものができると思った。僕も喜んで情報提供するつもりだ。
雄呂血
先日、無声映画「雄呂血」を見る機会があった。1925年公開。「バンツマ」こと阪東妻三郎主演のチャンバラ映画だ。チャンバラ大好きな僕としては、とても見たかった作品だ。しかも今回は弁士付き。
上映直前に、北京オリンピックでフェンシング男子フルーレ個人で銀メダルを獲得した太田雄貴選手のデモンストレーションが行われた。太田選手がスクリーンに向かって剣を振るうと、「OROCHI」の文字がスクリーンに現れるという趣向。チャンバラ映画なら剣道の方がふさわしいんじゃない?と思わないでもない。集まった映画ファンも、気のせいかちょっと意外そう。が、それはそれで楽しんでいたようだ。フェンシングをこの目で見るのは初めての人が多いに違いない。だって夏前に、フェンシングが人の集まるイベントに登場するなんてなかったもの。
日本人って本当に、旬の話題に敏感だな、と思う。メダル以来、「フェンシング王子」太田選手の露出度が急速に上がり、テレビのバラエティーやクイズ番組でも、フェンシングの話題が、すごく増えたような気がする。欧米人はこのような場合、もう少し淡々としている。あらゆる機会を逃さずに時々の「はやりもの」を取り入れて、人集めや話題作りをするのは日本ならではの現象だ。日本企業が世界で成功しているのは、こういう日本人の素早い行動力とも関係あるんじゃないかと思う。
来日記念日
私事で恐縮だが、実は先週の土曜日は、僕が来日して22年がたった記念すべき日(?)だった。人生の半分を日本で過ごしたことになる。日本は僕にとっての第2の祖国になった。こんなに長く暮らすことになるなんて、来日した時にはまったく想像していなかった。せいぜい4〜5年東京に滞在したら、帰国するか、他のアジアの国に移るというのが人生計画だったが、大はずれだ。どうして日本での生活が、僕はこんなに気に入ってしまったのだろう?
米国での留学経験があったが、日本で見いだした心地よさを、少なくとも米国では見つけられなかったものだ。同じ「先進国」でも、犯罪、麻薬や失業問題は、日本でははるかに少なかった。パリで育った僕にとって、東京の治安の良さは一種のカルチャー・ショックだった。男性ならともかく、真夜中の繁華街を女性が1人で歩くなんて、パリでは考えられないのに、東京ではごく普通のこと。
スラムや貧富の格差、ホームレス問題……母国にいた頃の僕の日常は、こういう暗い課題に覆われていた(最近は日本でも耳にするが)。そんなフランスの若者に、日本は一種のエルドラド(理想郷)に思えた。
フランス語とは似ても似つかない言葉を毎日話す、靴を脱いで家に入る、はしを使ってご飯を食べる、そんな生活スタイルに慣れるのは、確かにちょっとたいへん。でも、暮らし心地の良さを考えればへっちゃら、なのだ。
冷凍寿司
この夏、ローマのスーパーで、冷凍寿司が売られているのを発見した。あまりにもびっくりして、日本人に代わって目が飛び出そうになった。世界の寿司ブームここに至れりという感じだ。
イタリア人はこんなモノで満足しているのか? それとも、イタリアでも健康な食べ物の代名詞となった「寿司」で、もうけようというメーカーの魂胆なのか?
そこで、ちょっと考え方を逆転してみよう……イタリア人が日本のスーパーに当たり前に置かれている冷凍ピザを見たら、どういうふうに反応するだろうか? 自国のピッザリアの本物の味を思い出しつつ、きっと心細くこの冷凍ピザを眺めるに違いない。
僕だって、缶詰の「カマンベール・チーズ」を日本のスーパーの棚で見つけたとき、フランス人としては、思わず写真を撮ってしまったくらい驚いたものだ(20年前の出来事だが……)。こんなモノでフランスワインを開けて、おしゃれなデート気分になれるのかと、素朴な疑問を感じた。ノルマンディー地方で伝統的な製造プロセスを守りながら原産地統制名称「カマンベール」を作っている農家の人たちは、こういう缶詰カマンベール風チーズの存在を知らない方が幸せだろう。
寂しいことだが、冷凍寿司は日本食の国際化、大衆化のツケ。クールジャパンの延長線として認めざるを得ない。それにしても、一刻も早く本物の寿司の味を世界にお届けしたい気持ちだ……。
渋谷のスクランブル交差点
1日に90万人が通過すると言われる渋谷駅前のスクランブル交差点。東京人にとっては、単なる人通りの多い交差点に過ぎないだろうが、外国人にとっては、この交差点を渡らなければ東京を観光したとはいえないとされる、日本を象徴するスポットだ。交差点に立つビルの2階から人波を写真に撮るのが定番らしい。
日本の人口密度に慣れていない海外からの旅行者はまず、通行人の数に圧倒される。そのうえ、大型のスクリーンが3基も設置されて、プロモーション映像を流したり、スポーツを中継したり、通行人を映し出したりしている。騒々しくて落ち着かなくて、東京のエネルギーを感じられる場所だ。
外国人の映画監督が東京で映画を撮る時には、必ずここをロケーションで使うというのもうなずける。ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年製作)やこの夏公開されたオムニバス映画『Tokyo』にもこの交差点が登場した。それならいっそ、外国人にも役に立つ情報を発信する、なんてのもいいかも。
この夏、ロンドンの繁華街にある交差点「オックスフォード・サーカス」が、渋谷を手本にした「東京式」に変身すると発表された。ここにもやはり、スクリーンが設置されるのだろうか。としたら、東京とロンドンのクロス情報を、それぞれの大型スクリーンを通じてシェアするなんていうのはどう? クールではないかと、僕は勝手に思っているのだが。
インディーズ・アーティスト
マイア・バルーはフランス人の歌手ピエール・バルーと日本人の母の間に生まれたミュージシャンだ。先日、彼女が主催するライブを聴きに行った。日本全国で出会ったミュージシャンと組んで、奄美大島の島唄から北海道のトンコリ(アイヌの伝統弦楽器)まで幅広いジャンルを集めたアルバム「くさまくら」を出したばかり。ライブにも「くさまくら」の仲間が集合した。
彼女からその日、意外な話を聞いた。「日本では、一人前のミュージシャンとして認められるまで、アルバイトで食べていくのは当たり前でしょ。だから途中であきらめる人もいる珍しくない」。それに比べてフランスでは、数十年前からアーティストの社会保障制度があるので、10カ月間で507時間以上のアーティスト活動さえ証明できれば、8カ月分の失業手当がもらえるのだという。僕も初耳だ。
「もちろん、アーティストにとってはありがたい制度だけど、これでいいのかしら。どうしても甘えが出てきてしまうし、何より問題なのは音楽や演劇の公演にも国の助成金が出るので、審査を通りやすい舞台作りをしてしまうこと。そんな温室みたいなところから、とんでもないオリジナリティーが生まれるかしら」。援助など一切ない日本で、「『くさまくら』の仲間たちみたいに、自分のルーツを見つめながら新しい試みに挑戦するミュージシャンが、私には一番クール」という。
ゴスロリのショー
今週の火曜日、東京ドームの隣にあるJCBホールで開催されたゴスロリのファッションショー「INDIVIDUAL FASHION EXPO 4」を取材した。
ゴスロリファッションのファンは海外にも少なくない。今回も外国人の女の子が数十人、人形みたいな姿で会場に現れた。わざわざ夏休みを利用して来日した人にも出会った。彼女たちにとっては、代表的なゴスロリ系ブランドの最新作をまとめて見るチャンスで、見逃せないイベントだ。もちろん国内のゴスロリファンもドレスアップして会場に殺到し、2400席の会場はゴスロリで埋まっている。
「ベルサイユのばら」のようなピンクのフリル、ヴィクトリア朝風のロングドレス……それぞれのブランドが方向性の違う自己主張をしていて、「ゴスロリ」とひとくくりにできない多様性がある。大人からすれば常識はずれのスタイルは、いわば「目立ちたがり屋」向けだが、着ている若者側が発信しているのは、大人の作る社会よりも少女マンガの世界の方がずっと魅力的、というメッセージなのだろう。
現実から逃避して、自己実現は空想の世界で。この思いは海外のヤングアダルトも同じのようだ。ゴスロリファッションを提案する日本のデザイナーは、こういう人たちに居場所を与えているわけだ。この分野、ますます活発になっていくだろうと、この日改めて確認した。
東京のねぶた祭り
何年も前のことだが、2週間かけて、八戸の三社大祭、青森のねぶた、弘前のねぷた、五所川原の立佞武多と秋田の竿灯を見に旅した夏は、今でも僕の大切な思い出の一つだ。こうして青森のねぶたが大好きになった僕は、世田谷区に住む友だちに「東京にもあるよ」と教えられたとき、「行かなきゃ!」と思った。そして先週末、桜新町で開催された「ねぷた祭」を見に行った。
今年で5回目。山車の数は6。青森や弘前よりかなり小規模だが、年々増えているらしい。道の幅があまり広くないため、山車は本場よりはるかに小ぶりだ。でも手作りが感あふれて、気さくな感じがする。久しぶりでハネト(山車のまわりで「跳ねて」いる人々のこと)の元気な「ラッセラ、ラッセラー」を聞いて、僕もかなり盛り上がった。
「サザエさん」の作者・長谷川町子さんが暮らしていた街なので、サザエさんをモチーフにした山車も出ている。子どもには大人気のようだ。もちろん、神話や歴史を題材にした山車もある。
写真を撮っていたら、外国人男性に声をかけられた。ドイツ人で、近くに住んでいるという。「よく知っていると思っていた街なのに、祭りというとすっかり様子が変わってしてしまう。地元密着の小さなイベントなのに」と驚いていた。在日2年の彼は、ねぷたの山車を初めて見たのだが、日本にいる間に青森で本物を体験したい、と話してくれた。
ユダヤ教と寿司
この夏パリに戻った際、おもしろい店を見つけた。ユダヤ系の寿司屋だ。アメリカには数年前からあると聞いていたが、フランスで出会うのは初めて。
ユダヤ教には「カシュルート」という食事規定があって、食べてよい食物(カーシェール)と食べられない食物(非カーシェール)が細かく定められている。食べてよいのはたとえば、「ひづめが分かれていて反芻する草食動物」と、ウロコのある魚。ウシ、ヒツジ、ニワトリ、タイ、マグロなどはカーシェール。ブタ、カニやエビ、タコ、イカ、貝類は非カーシェールだ。
今回パリで訪ねた店はカシュルートを全面的に尊重していて、メニューにエビ、タコ、イカなどは一切なかった。「マシュギーアハ」という専門職の人が店員と一緒に働いていて、カシュルートがちゃんと守られているかどうか監視している。それを証明する「ヘフシェール」という証書も、カウンターに置かれていた。これで、ユダヤ教徒も安心だ。
本物の寿司を知っている僕に言わせれば、さほどの味ではないが、店は込み合っている。ユダヤ教と寿司なんて、日本人からするとおよそ結びつかないが、ヘルシーな食べ物として評価の高い寿司を楽しみたいのは、ユダヤ教徒だって同じ。でももちろん、戒律は守らなければならない。そこでこういう店が登場したわけ。もはや、寿司は日本固有の食べ物ではないと思った。
i-REAL
今、お台場にあるトヨタの展示・イベントスペース「メガウェブ」に行くと、「i-REAL(アイリアル)」の運転体験ができる(10月2日まで)。
i-REALは昨年のモーターショーで初めてお目見えした、1人乗りの電気自動車。前に二つ、後ろに一つ車輪がついていて、屋根もドアもない。歩く速さで走ることもできるし、シートを少し倒せば時速30キロまで出せる。まだ商品として売り出されたわけではない。新しモノ好きの僕としては、絶対に見逃せないイベントだ。
乗ってみたら、あんまり簡単に運転できるので驚いた。向きを変えるのも速さを調節するのも、レバーの操作一つ。安定しているから、自転車と違ってバランス感覚もいらない。5分もあれば覚えられそうだ。
外国人も大勢見に来ていた。日本の運転免許を持っていることや日本語が分かることが試乗の条件と聞いて、残念そうだ。
どんなところがクールかって? まず、デザインがカッコイイでしょう。普通の自動車よりずっと小型だから、1人で出かける時に大きなクルマを使わないで済むし、渋滞の解消にも役立ちそう。
「リアル」と名づけられているということは、近い将来実用化されるのだろうか。バッテリーの性能が十分でないなど、まだ課題が多いと聞くが……。もし街を走れるクルマとして登場したら、僕もぜひ乗りたい!
書道
筆の文化になじみのない欧米人に、書の良さは分かりづらい。文字の読みやすさとは別の基準で表現されている「何か」に見当がつかないからだ。在日36年のフランス人ピエール・ジル・ドゥロルムも、もちろんその1人だった。そんなピエール・ジルが9月2日から9日まで、東京・赤坂の草月会館で、家元の勅使河原茜氏の竹を使ったインスタレーションと一緒に、書と写真を展示する。
彼を書道に目覚めさせたのは、書家の町春草氏。95年にNHKテレビで共演し、初めて筆を手にしたのがきっかけだった。残念ながら放送後まもなく先生は亡くなり、彼に筆と墨を残した。その筆と墨で仕上げた彼の初作品は、「どうも、どうもありがとう」。
「筆を使って、言葉を視覚に訴える『形』で表現できるのが新鮮」という。言葉が頭に浮かぶと、それを表す形を決める。納得のいく形にたどり着くまで、試行錯誤が続く。この過程を経て初めて、言葉の奥深くにある「心」に近づけるのだそうだ。
たとえば「好き」という言葉を、「す」と「き」が抱き合うかのように表す。「いつも」という言葉をハート形に見えるように書いて「永遠の愛」。和の技に仏のエスプリが利いている。
実は僕自身、書は正直言っていまだによく分からないし、左利きだから書道に向かないと言われている。しかし彼のおかげで、書が何を表現する芸術なのか、一端を垣間見ることができた気がする。
日本家屋
この秋、フランス人の知人が東京に引っ越してくることになった。日本は奥さんの母国でもあり、彼にとっては念願の東京暮らしだ。
日本のマンガが大好きな彼は、夏目漱石など明治の文学者の暮らしを描いた『「坊っちゃん」の時代』を読んで以来、ここ出てくるような古い日本家屋に惚れ込んでいる。木造一軒家で、縁側があって、ふすまと障子と畳の部屋。一番大事なのは、縁側から庭を楽しめること。彼曰く「仕事から戻り、縁側に座って、1杯飲みながら庭を眺めるのが夢だ」。
一方、困っているのはそんな家を都内で探す奥さん。そもそも、こういう庭付きの家は都心にあまり残っていないし、寒さへの備えが不十分な日本家屋に住むことに乗り気ではない。住宅事情を説明してマンションも勧めたが、彼にとって個性のない東京のマンションは、まるで牢獄のように感じられるらしく、聞く耳を持たない。
多くの日本人はただの旧式の不便な家と思っているかもしれないが、日本の伝統的な木造一軒家にあこがれる外国人は決してこの友人だけではない。「日本人がこういう家で暮らすのが嫌なら、その代わりに僕が大事にしたい」と息巻く友人。その熱は冷めそうになく、奥さんが頭を抱える日々はまだまだ続きそうだ。僕自身も縁側で庭の松を眺めたり、畳の上に寝ころんで本を読むのが大好きだが、こういうのを「隣の芝生は青い」っていうのかしら?
ネオンサイン
東京の街の夜を彩るネオン。日本語の読めない外国人にはどう見えるのだろう。考えたことありますか? 僕も初めて来日した時はそうだったが、意味不明のクニャクニャした色の並びにしか見えない。店の名前だろう、くらいのことはわかるのけど……。
証拠に、というのもなんだが、写真をご覧下さい。本来文字の持っている意味を捨て、形や色の組み合わせだけを無数に増殖させて、外国人が東京で感じる混沌状態を表現したつもりだ。いかが?
日本語の全く読めないフランスの友人によると、東京という街のエネルギーを一番感じるのは、街でこういう意味不明のネオンサインを眺めている時だそうだ。と同時に、最初から意味がわからないと、理解する努力も省けて脳が休まる、という。ちょっと意外な感想だ。意識したことはないが普段、僕らの目は街が発信するサインを読むのに一生懸命働き、絶え間なく情報を脳に焼き付けているのだろう。
とはいえ看板は、夜目にも明るい道標だ。読めれば迷子にならずに目的の店にたどりつける。東京を訪れる外国人が増えている昨今だ。これからは、ローマ字を交えた看板も欲しいかも……韓国やタイを旅して同じような混沌状態を感じた人なら、賛成してくれるに違いない。実は今、休暇でローマにいる。あんまり得意でないイタリア語に囲まれて、ちょっとフランス語と日本語が恋しくなったエチエンヌでした。
プール
突然ですが、今週は「エチエンヌのプールジャパン」(?)とさせてください。
日本でもフランスでも、真夏の暑さから逃れるため、涼を求めてプールを利用する人は多い。だが、初めてお互いの国のプールで泳ぐ時には、戸惑うに違いない。
フランスのプールのほとんどは、「速く」「ゆっくり」「長く」といった習熟度別のレーンなどなく、飛び込みもボール遊びも自由。スイミングキャップを被らなくてOKのところもある。縦横斜め好き放題に泳ぐ人々の間を縫ってうまく泳ぐにはコツが必要だ。目を閉じて泳ごうものなら、必ず誰かとぶつかる。プールサイドから飛び込む子どもたちをいつもに気にしていなければならない。黙々と泳ぎ込みたい人には不向きなプールだ。
日本のプールは、とにかくやたらと細かい決まりが多い。キャップの着用に始まって、泳ぐ方向、子どもと水遊びしてよいエリア、1時間ごとの休憩……。少しでも疑わしいふるまいにはすぐに注意が飛ぶ。すいてる時だったら、みんなが勝手な方向に泳いだって、別に危なくないじゃない、と思わないでもないのだが……。
完全管理の日本と完全自由なフランスのプール。組織に身を委ねる日本人と自己責任で行動するフランス人にも似る。どちらかが絶対に良いとは言い切れない。まあ、プールで涼をとりたい気持ちは一緒。お互い頑張って猛暑を乗り越えましょう。
交番
海外を旅行中、道に迷った経験のある人は多いだろう。日本でならば、交番に駆け込むのが一番の近道。「万が一の時や迷子になった時には、交番の警察官に相談するように」。これは、来日した知人が1人で観光へ出かける時に必ずアドバイスすることの一つだ。「へぇ?日本ではそんなことを警察に相談するの?」と驚かれることが多い。
交番は、日本以外のほとんどの国に存在しない、日本ならではの制度だ。たとえばフランスの一般市民にとって、警察は遠い存在。刑事事件でも起きない限り、警察なんかに声をかけないで済ませるのが普通。10年近く前だが、ジョスパン首相の時代に交番のような仕組みを導入しようとしたことがあった。しかし、02年に政権が交代すると、内務大臣に就任したサルコジ氏は、「警察官の役割は市民と仲良くすることではなく、捜査や犯罪者の逮捕だけだ」と断言して、フランス版交番制度の試みを廃止してしまった。しかし、昨年大統領になったサルコジ氏は、市民に近い警察の良さをやっと認め、交番に似た制度を導入しようとしている。
日本で交番の前を通ると、老若男女を問わず、市民が警察官に相談している姿をしばしば見かける。市民と警察の信頼関係を、改めて感じることのできる光景だ。日本の治安は先進国の中で最も良いと言われているが、それはきっと、お隣の交番のお巡りさんのおかげでもあるだろうなぁと思う。
親権
離婚した後も子供と面会・交流する権利の確立を求めるデモを取材した。日本では今、離婚後の子供の親権は、どちらか一方の親が持つことになっている。その結果、親権を渡した親が、我が子と会えなくなってしまうことが珍しくない。離婚後も子供への責任を果たし続けたいと考えている人は多いだろうし、子供にとっても、別れた親の顔も見られないのは、よいことではないだろう。
デモには日本人の配偶者と離婚した外国人の参加者も多かった。あるフランス人男性は4年前に離婚して以来、現在8歳になる娘と一度も会えずにいる。調停では週一回会えることになっているが、元妻に一方的に拒否され、娘への誕生日カードすら戻ってきてしまうという。でも、彼にはなす術がない。これってちょっとおかしくない? 例えばフランスでは、家裁の決定を守らず面会を拒否した親には、罰則があるというのに。
国際離婚では、さらに深刻な問題が起こることもある。元配偶者が子供を日本に連れ帰ってしまい、連絡すら困難になってしまう。子供の国外連れ出しは、「子供の奪取に関するハーグ条約」では犯罪と見なされる行為だ。多くの先進国がこの条約を批准しているが、今のところ日本はまだ。
親同士が離婚しても、親子は親子。一緒に暮らせない親子にとって何が一番幸福か、あらためて考えてみない限り、日本は子供にとってクールな国とは言えないんじゃない?
行列
7月11日、アップル社の携帯電話iPhoneの新機種が世界22カ国で同時発売された。誰よりも早く手に入れたい世界中のアップル・ファンは、数日前から店頭に並び始めた。かくいう僕も発売前日から表参道の店に並んだ1人。17時半過ぎに着くと、すでに200人以上が行列を作っていた。僕の後ろに並んだ若い日本人女性は、なんと社長の代わりに並んでいた。これぞサービス残業! アメリカでは良い並び順をとれた人が後ろに並んでいる人に自分の順番を売っていたそうだが、日本ではそんなことしなくても、部下に頼めば済む。
今回、さすが日本と感心したのは行列の管理だ。並ぶとすぐ、「トイレ・チケット」なるものが配られた。1回30分、スタッフに頼んで行列から離れることができるチケットだ。なるほど、安心してトイレや買い物に行くことができるから、ストレスがたまらない。そして、登録手続きを素早く済ませるため、開店2時間前の朝5時から、スタッフが登録の事前資料を配っていた。
僕の前に並んでいた米国人は、朝のうちにゲットしてお昼には飛行機に乗ると言っていた。そして★時にはお店を後にして空港に向かった。こんな日程を平気で組めるのは、万事物事が予定通りに進行する日本だけだろう。行列を通じて、国民性が見えてくる、非常におもしろいイベントだった。
ゴスロリ・コスプレ
いまさら改めて紹介するまでもないが、JR原宿駅近くの神宮橋は、毎週日曜日、ゴスロリやコスプレのメッカとなる。ゴスロリファッションや好きなバンドのライブ衣装に身を包み、メークもばっちり決めた人たちと、それを撮影する人たちで、橋はいつも大混雑。カメラ片手の外国人も多い。ガイドブックに、東京名所の一つとして紹介されているからだ。
最近はゴスロリファッションを着こなす外国人女性もしばしば見かける。先日フラッシュを浴びていたのは、フィンランドから来た姉妹だ。本物の人形のように可愛い。今回で三度目の来日。滞在中の日曜日は必ずこの橋までゴスロリ姿で遊びに来ているそうだ。「中学生の時、学校に日本人の友だちがいたの。その子を通じて日本のマンガやファッションを知った。来てみたら、東京はすごく刺激的な街」と語るのは、ジャーナリスト志望のお姉さん。「フィンランドでの生活は、本当に退屈だから」。妹も、「絶対にこんな格好で街を歩けないもの」とほほ笑む。あれれ、日本では、フィンランドの福祉や教育に学べっていう議論が盛んなんだけどね。若い人には退屈な国なのか。
2人とも、いずれは日本と関係する仕事をしたいと考えて、日本語を独学している。ヘルシンキから車で1時間ほどかかる彼女たちの街では、日本語を習う機会はないのだそうだ。彼女たちがあこがれを実現できますように!
カスタムカー
先週末、代々木公園付近で「浜崎あゆみ仕様」のカスタムカー数台に遭遇した。車の内装や外装、性能をオーナーの好みに合わせて改造した車のこと。大分前から気になっていたので、オーナーたちに声をかけ、愛車の中を見せてもらった。内装はさらにこだわりの結晶だった。ある車は大小の液晶画面に「あゆ」のプロモーションビデオを同時に流し、ポスターやフィギュア、グッズの数々をレイアウトしてある。
別の車は、カスタムカーの実物そっくりのミニチュアを後部座席のテーブルの上に置き、そのミニチュアの中にさらに液晶画面を置いて、車への愛も同時に表現している。後ろのウィンカーランプにも超小型液晶画面を設置してプロモーションビデオを流し、道行く人にも「あゆ」への愛をおすそ分けだ。このカスタムカーを作ったのは、東京に住む「くまちゃん」だ。浜崎あゆみがデビューして間もない頃から、彼女のイメージに合わせて少しずつ改造し続けた。かけた費用は10年間で1000万。車体に本人のサインが入っていることが自慢だ。
不良の文化と冷ややかに見る向きもあるが、ここまでディテールにこだわりる姿勢は、アートに通ずるものがあると僕は思う。しかし、東京都のディーゼル車に関する規制に引っかかり、「くまちゃん」の車は今年いっぱいで路上を走らせられなくなるという。残念。こういう車を集めた博物館ができたらすてきなのに、と思った。
キャラ弁
たまたまネットで見かけて以来、ここ数カ月マイブームのモノがある。キャラ弁だ。ナルトのようなアニメの登場人物やキティちゃんなどのキャラクターをかたどって作るお弁当のこと。一度実物が見てみたくて、先日、お台場のライブハウス東京カルチャーカルチャー(TCC)で行われたキャラ弁イベントへ取材に出かけた。
イベントでは、子ども用キャラ弁作りのベテランママ3人が、得意なキャラクター作りを実演してくれた。ていねいな解説付き。レシピも公開された。のりを細く切ってキティちゃんのヒゲを作ったり、半熟卵をコリラックマの耳に変身させたり。カワイイ! その日のうちに食べられてしまうなんて、もったいない……。
フランスの学校や会社にはたいてい食堂があるから、家から弁当を持っていく習慣はあまりない。遠足の時なんかは、ハムサンドとゆで卵にトマト1個ぐらいを紙袋に入れて持っていく。弁当箱を使う習慣がないから、そもそもキャラ弁が生まれる余地がない。
キャラ弁は、子どもやカレシ、夫など、作って持たせる相手とのコミュニケーションツールでもあると思う。僕がネットで見つけた中には、バースデーケーキをイメージしたお誕生日用の弁当というのがあった。これは正統派。のりをゴキブリ型に切り抜いてご飯の上に載せた弁当(!)も見たことがある。こんなエスプリに富んだいたずらができちゃうキャラ弁って、クール!
ホコ天
8日に秋葉原で起こった無差別殺人事件で、歩行者天国(ホコ天)が問われている。
命を奪われた方々の追悼のために、一時的にホコ天を中止するのは当然の配慮だ。しかし、アキバのホコ天自体を廃止することには、僕は反対だ。東京に数少ない「新しい文化の生まれる街」を、さらに減らすことになるから。
22年前、僕が日本に着いて初めて過ごした週末は原宿のホコ天だった。ラジカセを持ち込み、独特の衣装で踊るグループ、路上ライブ……ここからデビューしたタレントやアマチュアバンドも多い。そういう若者たちも、それを受け入れている街も、僕にはとてもクールに映った。しかし原宿のホコ天は、騒音や違法駐車、周辺の交通渋滞などを理由に、10年前に廃止されてしまった。
アキバが外国人の間で、日本の最新トレンドを体験できる名所と目されるのは、車を気にせず、ぶらぶら歩きながら街を見物できるホコ天の効果も大きいと思う。
ホコ天に限らず、人の集まるところでは、人騒がせな出来事が起こりがちだ。アキバでは先頃、自称グラビアアイドルが下着を露出して写真を撮らせ、逮捕されたばかりだ。そこに今回のような事件が起これば、ホコ天への警戒心が高まるのは無理もない。しかし弊害を理由にホコ天を切り捨ててしまったら、アキバは取り返しのつかないダメージを負うような気がしてならない。
プリクラ
私事で恐縮だが、先週は娘の12歳の誕生日だった。そこで、フランス人の友だち数人を招待して、誕生パーティーを開いた。一日中いろんな遊びをしたが、中でも全員が一番楽しんだのはプリクラ。今さら?
フランスにもプリクラっぽいものが、あることはある。でも、日本のと比べると、とても原始的な代物だ。動物やアニメキャラなど背景のパターンをいくつか選べる程度で、しかもシールじゃない! 要するに証明写真の延長みたいなもの。
お父さんの仕事の都合で日本に来たフランス人の女の子たちは、日本に来て初めてプリクラに出会った。えらく気に入って、週末には家の近くのゲームセンターに集合し、プリクラの前で仲良くポーズを決める。機種にもこだわりがあって、パターンが豊富なマシンは調査済みだ。日本で生まれて育った僕の娘には珍しくもなんともないが、友だちがいっしょだと楽しいみたい。
どこがいちばんクール?と彼女らに聞いてみたら、「電子ペンでマークとか文字を描き込めるところ。その場で自分の顔が自分の顔じゃないみたいになっちゃうでしょ。もう、普通の写真じゃつまらない!」と熱心に説明してくれた。
もうすぐ帰国する子は、フランスに日本みたいなプリクラがないことをとても惜しんでいた。ぜひフランスにも導入してほしいって……メーカーさん、どうかしら?
世界平和指数
日本のことをよく知らない外国人に、「あんなに物価が高い日本でよく暮らしていけるね」と言われることが多い。でも、日本は何といっても平和だ。僕みたいに長年日本で暮らしていれば、それを体感できる。テロや国際紛争の懸念も、露骨な人権差別も、ほとんどない。そんなことはない、という意見もあるだろうが、僕の知っている範囲で言えば、外国と比べてずっとまし。
5月、英国の経済誌「エコノミスト」の調査部門が、07年に続き2度目の「世界平和指数(Global Peace Index)」を発表した。軍事費、政治の安定、犯罪発生率、男女平等など24項目を分析し、世界で最も平和な国をランキングしたもの。ダライ・ラマやカーター元米国大統領をはじめとするノーベル平和賞受賞者も、支持者に名を連ねている。
日本は140カ国・地域中5位。去年も同じ順位だった。今年のトップはアイスランドで、最下位はイラク。ちなみに米国は97位で、母国フランスは恥ずかしながら36位。なんと、先進国の中でトップ10に入っているのは日本だけだ。
だがどうせなら、1位を目指したらいいのに、と僕は思う。先行き不透明と言われている今、悪くない目標では? ただそのためには、女性議員を増やす、有権者の政治参加率を高めるなど、いくつか実現しなければならない課題がある。もし「世界一平和な国日本」が実現したら、とってもクール!
バイクの駐輪場
クールジャパンを代表する商品ってなんだろう? ソニーのウォークマン? 任天堂のゲーム機? 僕はバイクだと思う。世界のバイク市場を50年以上も断トツリードしてきた「ホンダ」「ヤマハ」「スズキ」「カワサキ」は、海外ではバイクの代名詞になっている。
「その割に、思ったより街中でバイクを見かけないね」とは、初来日の外国人がしばしば抱く感想。僕もそう思った。だが、自分で乗ってみてわかった。バイクは車以上に、止めておく場所に悩む乗り物なのだ。
パリでも、車より機動性のあるバイクを愛用する人は多い。専用の無料駐輪場が各地区に設けられているから、どこにでも気軽に乗って出かけられる。しかし東京では、有料無料を問わず、駐輪場自体がほとんど整備されていない。なるべく人の邪魔にならない場所を探して、愛車を止めるしかない。そのうえここ数年は取り締まりが極端に厳しくなり、ライダーは行く先々で、どこに駐輪するか頭を悩ませている。僕だって、悪質な駐車違反は取り締まるべきだと思う。しかし、駐輪場を確保せず取り締まりだけ厳しくして、現状が改善できるだろうか。
数年前、渋谷区はターミナル駅前などにバイク専用駐輪場をつくった。規模が大きくて料金も安い。バイクも守れるし、通行人も安全だ。こういう場所の確保に乗り出してくれる自治体が増えるのを、みんなが待ち望んでいるに違いない。
ふろしき
先日、神楽坂を歩いていたら、ショーウインドーのフランス語にふと目が行った。「お買い上げのふろしきでラッピングします」。このあたりにたくさん住んでいるフランス人を意識しての表示だろう。そこはふろしき専門店。いかにも日本的なものからモダンなものまで、さまざまな色や柄や素材のふろしきが用意されている。その数なんと400種類以上!
最近、環境問題への関心の高まりからエコバッグがブームだが、その流れからすると、ふろしきのブームが起こってもフシギはない。何度でも使えてたいていのものは包めるうえに、小さくたためるから場所をとらない。環境相だった小池百合子氏は在任当時、「もったいないふろしき」を考案して、ふろしきを活用すればゴミを減らせるとアピールしたではないか。そのせいかどうか定かではないが、あちこちの店で売られているのを見かけるようになったし、専門店も増えているらしい。
外国の友人にプレゼントする時、包んだふろしきごと贈るのもまたクール! 和風の柄だと、インテリアとしてもクール! と、とても喜んでもらえる。
僕が気に入ったのは、ソムリエの資格を持つこの店のオーナーがデザインしたブドウ柄。昔は一升瓶を包んだそうだが、もちろんそうでなくてもかまわない。包み方を教えてもらったので、今度誰かにワインをプレゼントする時には、絶対使ってみようと思う。
スリッパ
室内では靴を脱ぎ、くつろぐ日本の習慣を、僕自身はとても気に入っている。しかし、個人の家のみならず旅館や居酒屋、寺社仏閣に出入りするたびに、靴ひもをほどいたり結んだりしなければならないことに、ブツブツ文句を言う欧米人は少なくない。
室内でも靴を履いたまま、ベッドやソファも靴を脱がないで寝そべるのが当たり前の欧米で、よその家に招かれた時、もし靴を脱いだりしたら、よほど親しい間柄でないかぎり、「くつろぎすぎ!」と非難されるだろう。
ところで日本のオフィスでは、靴をスリッパやサンダルに履き替えて仕事をしている人をしばしば見かける。あれには、日本に長い僕でも、かなり違和感を覚える。ビジネススーツとはちぐはぐな組み合わせだし、そもそも内と外で履き替える、という発想がないからだ。
靴を脱ぐと差し出される室内用のスリッパ。欧米人はそこでまず面食らうのだが、さらにトイレでべつのスリッパに履き替える、というのにはますます面食らう。トイレに用意されているスリッパがあくまでトイレ専用で、玄関に用意されているものとは役割が違うことを、とっさには理解できないからだ。もしかするとみなさんも、旅館などで、うっかりトイレスリッパを履いたまま、廊下をうろうろ歩く欧米人を見かけることがあるかもしれない。その時は、このコラムを思い出して、大目に見てほしい。
電信柱と電線
多くの外国人は日本と聞くと、いまだにフジヤマ、ゲイシャ、高層ビル、繁華街の鮮やかなネオンサインなどを思い浮かべる。これでいいのか、とはなはだ疑問だが、観光絵はがきくらいしか参考にするものがないと、こういう現実からずれた思い込みが生まれてしまうのだ。
しかしご存じの通り、日本のマンガやアニメが世界中で親しまれるようになって、日本への理解にも変化が起きているようだ。マンガやアニメには、絶対に絵はがきにはならない日本の日常風景が登場するからだ。学校の校舎の四角い建物、似たようなつくりの一軒家がズラッと並ぶ住宅街、音を立てて上下する踏切、小さな店が軒を連ねる商店街などは、どの作品にも必ず出てくる。そのため、海外のファンは日本に一度も来たことがなくても、かなりリアルな日本を知っている(つもりだ)。
そんな日本では当たり前の光景の中でも外国人の関心を引くのは、電信柱と電線。柱に取り付けられた変圧器からあちこちに枝分かれして空中を走る電線を、僕は日本に来て初めて目にした。フランスでは電線は地下に埋められていて、普段目にすることはまずない。同じ感想を何人かから聞いたのは、どこにでもあって目につきやすいからだろうか。もし、僕が「日本日常三景」を選ぶとしたら、間違いなくその一つは「電信柱と電線」だ。あとの二つは……まだ考えていない。
広島の千羽鶴
5月5日、広島平和記念公園にある原爆の子の像は建立50年を迎える。原爆で亡くなった子どもたらのための慰霊碑だ。モデルとなった佐々木禎子さんは2歳で被爆し、10年後、千羽鶴を折りながら亡くなった。僕も子どもの時に、この話を読んだ覚えがある。
先日、その広島に行く機会があった。像の前で写真を撮っていると、自分たちが折った千羽鶴を飾りに京都から来た入たちがいた。像の前で記念撮影をしている彼らに、外国人観光客が声をかけている。千羽鶴の意味を尋ねたらしい。彼らは丁寧に説明し、その後、一緒に記念撮影をしていた。
僕が初めて広島平和記念資料館を見学したのは約20年前。各地で修学旅行中の中高生から片言の英語で、rハロー」「ハウアーユー?」と元気な声で迎えられた。子どもたちには欧米人はみんな英語を話すアメリカ人に見えるんだろうなと、ちょっとおかしかった。
でも、広島で平和記念資料館を見学していた中学生たちは、少し様子が違った。歴史の重さに圧倒されているのだろうか、僕を見るまなざしが冷たい。当時売られていた「I'm not American!(僕はアメリカ人じゃない!)」というTシャツを着たいと思うほどだった。僕が日本人から欧米人に対する警戒感を感じたのは、これが最初で最後。つらい体験だった。
今年ももうすぐこどもの日。世界中の子どもたちが幸せに暮らせますように。
自動販売機
統計によると、フランス国内の自動販売機の総数は、日本の1割にすぎないという。フランスに限らない。日本以外の国には驚くほど自販機が少ない。
たとえばフランスの町で、カフェやスーパーの営業時間外にちょっとした飲み物を買いたくなったら、かなりの苦労を強いられる。そしてほとんどの場合、のどが渇いたままあきらめざるを得ない。道端に自販機が1台もないからだ。置かれても間もなく破壊され、中身を盗まれるからとか。さすがにパリの地下鉄のホームには自販機があるが、防犯のため、まるで金庫のように頑丈な代物だ。
自販機で買える品物は多種多様。その分、世の中への配慮も怠りない。酒の自販機は、夜11時以降は買えない仕組みになっている。成人雑誌の自販機は、夜は表紙が丸見えだけれど、日中、子どもが通る時間帯には中身が見えないようになっている。
モデルチェンジや機能の更新がひんぱんなのもよい。新しい物好きの僕は、携帯電話のQRコードで買える機能ができた時も、最近のSuica携帯対応になった時も早速やってみたクチだ。初来日した人と一緒の時にそうやって飲み物を買うと、必ず驚きの目で見られる。つい先日も、成人であることを証明するtaspoが必要なたばこの自販機の報道を目にしたばかりだ。これからも自販機の新機能には驚かされるだろう。自販機の未来に(缶飲料で)乾杯!
パリの日本語e学習
日本のマンガやアニメにのめり込んでいる外国のファンの中には、本格的に日本や日本語に目覚める人も多い。フランスの場合、パリのような都会に住んでいれば日本語学校もあるし、在仏日本人も多いから個人レッスンを依頼することができる。しかし地方在住の人はいくら勉強したくても、日本語を学べる環境どころか、まわりには日本人すらいない。地方在住者の日本語熱は冷めるのを待つしかないのか?!
そんなニーズにいち早く気づいたパリの老舗日本語教室Espace Japonは、動画と音声を組み合わせた独自の日本語教材を1年間かけてオンライン化し、昨年の暮れに学習サイトjeparlejaponais.comを開設した。
日本語学習のeラーニングは、僕の知っている限りこれが初めてだ。受講者は自分のレベルに合った教材に好きな時間に自由にアクセスし、自分のペースで学習を進めることができる。事前に予約すれば、ウェブカメラを通して日本人の先生からマンツーマンの指導を受けることができるから、発音のチェックもばっちり。
僕ものぞいてみたが、登場人物はいかにも日本人らしいし、場面の設定も日本の日常をよくとらえているし、日本語教育25年の蓄積が生きていると感心した。
クールジャパン・ブームの裾野はこうやって、さらに広がることになるのだろうか。まだ立ち上がって日が浅いが、今後の成り行きが楽しみだ。
パリの「日本食」
フランス人にとって、日本料理はとても健康的なイメージ。今まさに大ブームで、ここ数年、フランス全土で「日本料理」の看板が見られるようになった。パリだけでこの2年間に300店以上開店したと言われている。しかし、その8割以上は中国人の経営だ。
それでも、本場日本の和食を経験したことがないほとんどのフランス人は、この「ニセジャポ」(偽和食店)の和食に満足しているようだ。試しに僕も某ニセジャポへランチに行ってみた。ニセジャポの判断方法は、まずメニュー。寿司、刺し身、焼き鳥の3種類が一緒に並んでいれば、ほぼ確実にニセジャポだ。お店に入ると満員御礼。隣のグループはこの店の定番、寿司と焼き鳥のセットを食べていた。見ると、ご飯に甘いタレをかけている。味のない白飯は外国人には食べにくいからだ。
このフルコースで13.5ユーロ(約2200円)。パリのランチとしては決して高くないが、本物の日本料理店なら、その2倍くらいはするだろう。
その日、僕は運が悪かったのかもしれない。最後に口にした鯛の寿司で、なんと骨がのどに刺さった。寿司を食べていて、生まれて初めての体験だった。
僕と同じような不快な経験をした人は、他にもいるに違いない。本物を食べたことない人に、「日本食はもうまっぴら」なんて思ってほしくないのだが、いったいどうすれば、日本の本当のおいしい味を知ってもらえるのだろう?
和風の洋菓子
「すごいパティシエを発見したよ!」とフランスの某友人。聞けばそのパティシエとは、六本木の東京ミッドタウンにも出店している青木定治さんだった。さっそく彼の店、Sadaharu Aokiを訪ねてみると、白を基調としたこぢんまりした店舗の棚には、色鮮やかな洋菓子が並んでいる。エクレアには、コーヒーやチョコレートクリームの代わりに抹茶のクリーム。フランス人にはとても新鮮な組み合わせだ。柚子や黒ごま、小豆のような和の風味を生かしたミルフィーユやマカロンも提案されていた。
欧米人になじみの洋菓子で使えば、和風の素材の「新しい」味を抵抗なく気軽に楽しめる。これがパティシエ青木の秘策だ。おかげでパリの洋菓子の定番に新しい風が吹き、その洋菓子は日本にも逆輸入された。
こういう現象を知ってか知らずか、日本政府は海外の日本食レストラン認証制度なるものを提案していた。中には日本食とかけ離れた食材や調理法を使う日本料理店もあるので、認証で正しい和食の情報を広めようという狙いだ。
でも、国が先に立ってやることだろうか。和食とはこういうものと決めつけてしまう制度によって潰されてしまう自由な発想があると思う。フランスの洋菓子協会が「フランス菓子認証制度」を導入したら、抹茶エクレアは「伝統的な洋菓子にない素材を使っている」と却下されたに違いない。構想が潰れて本当によかった。
パリのゴスロリ専門店
せっかくパリ滞在中なので、噂に聞いていたフランス初のゴスロリ専門店を訪ねた。
都心部のとある店のショーウインドウに、渋谷の街で見かけるような服を着たマネキン人形が立っている。店の名前は「Kawaiko」。間違いなくここだ。「カワイイ」という言葉は、今や日本のポップカルチャーを象徴する万国共通語だ。
中に入ると、服や厚底ブーツ、アクセサリーを始め、J−PopのCDやマンガ、グッズなどが所狭しと並ぶ。服を選んでいる20代の女性が2人。メイクや服装からして明らかに、映画にもなった人気マンガ「NANA」に影響を受けている。
オーナーのコリーヌ・プローゼは、東京のティーンズファッションに憧れて、20年前からちょくちょく日本に来ていたという。昨年6月に店を持ってからは、裏原宿の服装にヒントを得た、彼女自身のブランドも展開しているそうだ。「直輸入の日本ブランドにしか関心がない本格的なファンもいます。でもフランスの日常生活に、日本のゴスロリファッションは過激すぎる。だからフリルやレース飾りを活かしながら、もう少しおとなしいデザインの服を安く提案しています。こうすれば、ごく普通のパリの女子高生も、憧れのスタイルを楽しめるでしょう」。
フランスのファッション界が日本のストリートファッションにインスパイアされる。これまでとは逆だ。これが時代の流れ?
オタクは「J-Fan」に
今、フランス出張中。先日は、パリ日本文化会館で行われたマンガとオタクに関する討論会にパネリストとして出席した。批評家の東浩紀さんの著書『動物化するポストモダン??オタクから見た日本社会』の仏語版出版を記念してのものだったが、米国やドイツ、イタリアからも専門家が参加した。日本のサブカルチャー研究は、最近海外でも盛んなのだ。
90年代初頭、僕がオタクを社会現象として取材し始めた頃、オタクは「犯罪者的な存在」(東さんいわく)として扱われていた。しかし、オタクは現在、海外で日本のマンガやアニメ、ゲームなどを楽しむファンから、先輩として尊敬されている。海外では胸を張って「おれはオタクだ」と言う人も多い。こんな展開、当時は誰も予測できなかった。
だが、僕はこの海外ファンのオタク自称にいつも違和感を覚える。オタクというあり方は、日本の教育制度や消費社会、情報社会などによって育まれたものだ。それらを密に体験しなければ、オタクには「なれない」。海外ファンが自称するオタクと日本のオタクは、違う文化背景を持つ似て非なるものだ。このあたりの事情を理解していない人ほど、自分をオタクと言いたがるような気がする。
そこで僕は、海外ファンを「J‐Fan」と名づけようと提案した。「J−Pop」や「J−Fashion」が流行語になったように、この呼び方も定着するとよいのだが……。
3列乗車
先週、フランス人のビジネスマンを10人ほど連れて、東京を動き回った。朝から晩まで彼らの業界に関連する店舗や展示場を見学し、日本の最新事情を紹介したのだ。ずっと電車で移動したが、かなり目立つグループだったことだろう。
初めて東京の電車を体験する彼らは、「なんだ、全然込んでいないじゃないか」とがっかりしていた。東京の電車は超満員で、白い手袋をした駅員が乗客の背中を押しながらドアを無理やりに閉めるというのは、世界的に有名な話だ。それを目の当たりにするのを楽しみにしていたらしい。僕はあえてラッシュアワーを避けて予定を組んだのだが……。
その彼らが驚いていたのは、電車が到着するまでの間、3列に並んで待つ人々の姿だ。「フランスではあり得ない! どうしてこんなにおとなしく整然と並んでいられるんだ! 並ぶのが好きなのか?」
僕ら外国人一行はといえば、電車が来るまでホームの真ん中で突っ立ったまま。列の後ろにつくなんてことはしなかった。
日本人にとって、公共の場で順番を守って並ぶのは当然で、この基本的なマナーを守らない人は非常識と思われる。フランス人にとっては、どういう順番で電車に乗るかなんてどうでも良いから、わざわざ並ぶほどのことではない。同じ「常識」でも、かくも隔たっているわけだ。
僕としては、並ぶ方がクールと思うのだが。僕が日本人的になったからかしら?
マグロの競り
スペイン語の観光ガイドブックには、「築地市場、特にマグロの競り見物は、東京観光には欠かせない」と書かれているらしい。先日、そんな情報をゲットしたスペイン人の知人に誘われて、築地へ行ってきた。
久しぶりに来てみると、市場はすっかり様変わりしている。せっかくなので、友人には生の競りを見せたい。そう思って歩いていると、現場の人に「生のマグロを扱う場所は部外者立ち入り禁止だ」と言われ、隣の冷凍もののブロックに案内された。見物人の安全確保など、いろいろな理由があるらしい。
十数年前に取材した時は、外国人はほぼゼロ。しかし今回はロシアや中国、米国からの観光客が大勢いた。そのうえ、観光客のために見学者用通路まで用意されていたのには、さらに驚かされた。どうやら市場を紹介しているのはスペイン語のガイドブックだけではないらしい。
ここで取引されているマグロは、世界中から集まってきている。中にはスペインからのものもある、と友人に教えたら、スペインは現在、乱獲も影響して近海のマグロが減っているため、漁獲高を制限しているのだが……と首をかしげていた。
市場の見学を終え、場外の寿司屋へ行った。注文したのは、当然マグロの刺し身盛り合わせ。今はこうして気軽に味わうことができるけれど、今後、資源保護の声が高まれば、簡単には口に入らなくなってしまうのかもしれない。未来を憂えながら、よく味わって食べた。
ガソリンスタンド
来日する欧米人にとって、日本のガソリンスタンドは、日本ならではのきめの細かいサービスを実感させられる場所の一つだ。たとえば、給油している間に窓ガラスや灰皿などを掃除してくれる。給油が終わって車がスタンドから出る時には、お客の車が安全に道路へ戻れるよう、元気な声で車を誘導し、走行中の他の車を一瞬止めてくれる。お客の大半は、おそらく2度と会う機会のない人であるにもかかわらず、だ。
「お客さんのために一生懸命!」というパフォーマンスがこんな日常的な場面でもみられるなんて、さすが日本だと、みんな感心している。
周知の通り、欧米のガソリンスタンドはセルフ式がほとんど。運転手が自分で給油しなければいけない。すっかり日本のサービスに慣れた僕は、フランスに帰るたびに、面倒くさいなあ、と感じていた。しかし、最近は日本でも、セルフ式スタンドが大分増えてきたようだ。コスト削減のためか、システムの合理化のためか、原因は分からないが、せっかくの「良いサービス」が少しずつ消えてしまうのはとても残念だ。
先日、とあるセルフ式スタンドでのこと。仕方がないからしぶしぶ自分で給油したら、支払いの時に面白いものを見た。なんと、スロットマシンだ。同じマークを三つそろえたら、ガソリン1リットル当たりの単価が少々安くなる。遊び心がとても気に入った。サービスマンは消えたけれども、サービス精神はまだ残っている。クール!
都内の温泉
年に数回、パリから東京へ出張してくるフランス人の友人がいる。彼はどんなに短い滞在でも必ず、東京のど真ん中にある温泉施設を訪ねる。商談やミーティングの合間を狙って、周囲には「重要な会議があるから」と断り、僕や他の友人を突然携帯で呼び出す。「ねえ、今から一緒にお風呂に入らない?」
そして2時間ほどサボって大浴場や露天風呂を楽しむわけだ。「ここは僕のオアシスだ。4日間の出張で温泉に足を運ぶのは難しいと思っていたが、東京に温泉ができてからやみつきになった。飛行機に乗っている時から楽しみにしている。どうして欧米人は、こんなクールなリラックスの方法にいまだに気づかないのだろう?」
彼の夢は、こういう温泉施設を、パリを一望に見渡すのモンパルナス・タワーの高層階に設けることだ。一緒にお風呂に入るたびに、真剣にビジネス・プランについて話し合う。来場者は1日何人、入場料は1人いくら、運営費にどれくらいかかるか……今のところ実現のあてはまったくないから、ただの与太話にすぎないが、話は尽きない。
このように日本の温泉施設に魅了された友人は彼だけではない。長年日本に住んだもう一人の友人は、引退を契機にパリから地方へ引っ越し、広い敷地の隅に五右衛門風呂を設置しようとしている。温泉ではないが、せめて自然を楽しみながらお風呂でボッとしたいようだ。日本の風呂文化、海外でも受けるかも。
回転寿司
回転ずしは、日本語が分からない外国人にとても便利だ。何も言わなくても、目の前で回るお皿をチェックしておいしそうなものに手を延ばせば、おなかが満足するまですしを楽しめる。しかも安い! 皆、最初はサーモン、卵、マグロなど、見た目が無難なネタを選ぶが、慣れてくるといろんな魚に挑戦する。
僕自身も回転ずしが好きで、よく足を運んでいる。先週行った地方の大型回転ずし屋でのこと。食事が済んでお勘定を頼んだら、店員が近づいてきてポケットから携帯端末を出し、さっと空のお皿にかざした。すると、僕たちが食べたいろんな種類、いろんな値段のお皿の合計金額が、あっという間に計算されたのだ。思わず、仕組みを尋ねたところ、お皿の裏にICタグが付いていて、タグリーダーの端末をかざすだけで、どの値段のお皿が何枚重ねられているかを瞬時に計算できるそうだ。クール! 便利!
この時僕は、十数年前に回転ずし屋で数字の暗号化を教えてもらった時のことを思い出していた。「一」は「ピン」、「二」は「リャンコ」、「三」は「ゲタ」など……他のお客さんに金額が分からないよう言い換えるという説明を、心遣いに感動しながら聞いたものだ。
最近は僕をびっくりさせたこの店のように、タグリーダーを導入するところが増えているそうだ。それで業務効率が上がるのは良いことだが、そのためにもし、すし屋のロマンが一つ消えてしまうとしたらちょっと残念……。
ラジオ体操
ドキュメンタリー映画製作のため、フランスから来日した監督といっしょに関西に出張中だ。毎日、面白いものを取材している。
先日はラジオ体操の音楽に合わせて動く小型二足歩行ロボットを撮影した。日本人なら最初の音を聞いただけでピンとくるが、ラジオ体操をもちろん知らないフランスの人々には、これから何が始まるのか予測するのは不可能だ。だから本物のラジオ体操も撮影して、ロボットの映像に合わせて使えればいいと思った。
幸い宿泊先近くの公園に、冬でも毎朝6時半からラジオ体操をしているグループがいるとのこと。翌朝、撮影スタッフ全員5時起きで公園に向かった。しかし、早朝の公園には、なぜか誰もいない。寒さと、撮れないんじゃないかという不安で震えていると、開始直前になってようやく、運動着姿の中年の方々が十数人現れた。お互いに簡単なあいさつを交わし、すぐに体操が始まる。僕たちはカメラを回し、熱心に体操する姿を追った。
一日を元気に過ごすための、10分間の体操。何十年も前から毎日、公共放送が決まった時間に音楽を流し、その時間に合わせて、公園などに集まって体操する人たちが全国にいる。フランスでは考えられない光景だ。監督はこの映像を通じて、日本の国民性も直観できる気がするとうなずいていた。僕たちにとっても充実した10分間だった。
夜型の僕に、5時起きはつらかったが……。
からくり
今回はちょっとしたマイブームを紹介したいと思う。 僕は日本のからくり人形が大好きだ。200年近く前に作られたモノとは思えない技術レベルや、手の込んだ仕組みをコツコツと考える物作りの精神に魅了され、からくり関連のイベントや展覧会があれば、なるべく足を運ぶようにしている。自分で組み立てられるセットをお店で発見した時は、思わず「弓曳童子」というからくりを購入してしまった。 原型は東芝の創業者でもある田中久重ことからくり儀右衛門が、1820年代に考案したモノだ。人形が4本の矢を1本ずつ矢立てから手に取り、弓につがえ、数十㌢離れた的を狙って連射する。一昨年、江戸東京博物館で行われた「夢大からくり展」で実物を見る機会があった。 日々の忙しさに紛れて何カ月間も押し入れで眠らせていたが、年末年始の休みを利用してやっと箱から出した。説明書片手に一つずつパーツを組み立てていると、からくり儀右衛門の心を遠くからのぞいているような気がした。 このからくりは、矢が的に命中せず、外れるよう調整することもできる。外すと気のせいか、童子は悔しそうだし、再度挑戦して当たると、笑顔を見せるようだ。人形に人格を感じさせる工夫が面白い。 唯一残念なのは、説明書に日本語表記しかないことだ。からくり儀右衛門の言葉(日本語のことだ)を読めない外国人には、その面白さが味わえない。弓曳童子が次に狙うべきモノ、それは海外のファンの心だ。
歌舞伎
お正月、久しぶりに歌舞伎を見に行った。何の下調べもしないで見に行くことが多いのだが、そうすると話が全然わからないので、正直言ってちょっとつまらない。
成人式
去る14日、渋谷区役所で行われた成人式へ取材に出かけた。会場前では、華やかな振袖やスーツ姿の新成人たちがにぎやかに盛り上がっていて、報道記者の他、外国人観光客も、普段なかなか見られない着物姿の若い女性へレンズを向けていた。
甘酒
初来日の際、まず日本の冬の澄んだ空気と高い青空の組み合わせに魅了された。それまで過ごして来たパリの冬は寒気と共に雲が低くたれ込み、しばしば冷たい雨も降る。そんな冬を誰が好きになれるだろう?以来21年間、お正月を一度もフランスで過ごしたことがない。そして長年、お正月を日本で過ごせば、「マイ伝統」も出来てくる。神楽坂に引っ越してからは、年越しの瞬間を必ず近所の神社で過ごすようになった。23時50分頃に家を出て、静かな真冬の夜を徒歩5分の神社へと歩く。同じように歩く他の人々も皆、目的地は同じだ。神社に着くと、参拝の列が少しずつ出来だしているが、まだまだ余裕。列に並び、お焚き上げの炎からはぜる火を眺めながら、カウントダウンを静かに待つ。神秘的な瞬間でもある。やがて除夜の鐘が鳴り、張りつめた空気が緩む。新年が明けると参拝客も増え、列も少しずつ進み出す。我が家の番ももうすぐだ。そして、参拝の後にはおみくじを買い、今年の家族3人の運を照らし合わせる。これが毎年の家族行事だ。でも、僕にとって本当の年明けは、境内で配られる甘酒を飲んだ瞬間だ。毎年、町内会のボランティアの方々が参拝客に一杯振る舞ってくれるのだ。冷えた指を紙コップを通して伝わる熱い甘酒で温めながら、少しずつ味わう。係の方が自分の家族と過ごす時間も甘酒と共に振る舞ってくれているのだと思うと、心も温まる。このささやかな心遣いは新しい年最初の良い出来事だ。ボランティアの皆さん、毎年Merci!
お節料理
明けましておめでとうございます。読者の皆さん、今年もどうぞよろしくお願いします。
忘年会
いよいよこの連載も今年の最終回。読者の皆さん、2007年はどんな年でしたか? 良い思い出がいっぱいの年だったことを願っています。忘れてしまいたい年であった方は、忘年会でうまくストレスを発散できたかしら?
クリスマス
ハロウィーンが終わると、お店や街のデコレーションはクリスマス・ムード。四季折々の彩り豊かな日本だが最近は、自然界の季節の移り変わりより、商業施設のシーズン・ディスプレーの方が、時間の流れを正しく感じられる気がする。
新しい入国審査手続き
日本政府は11月20日、来日する外国人や再入国する在日外国人のほぼすべてから、両手の指紋と顔写真の採取を始めた。「政府インターネットテレビ」では、その手続きをこともあろうに「クールジャパン」のチャンネル紹介している。
サービスロボット
先週末、東京・有明で行われた「国際ロボット展」を取材した。展示は主に産業用ロボットだが、「サービスロボット」のコーナーには、掃除や警備、調理、教育、介助など、生活の場で人間とかかわるロボットも出品されていた。もしかすると数年後には、このようなロボットが一般家庭にまで入ってくるのかもしれない。
アイデアで勝負!
先週末、新宿で行われた「世界のCMフェスティバル」へ遊びにいった。世界中の面白いテレビCMを集めてオールナイト上映するこのイベントは、81年にパリで生まれ、今では世界40カ国で楽しまれている。一晩のイベントで紹介するCMは500本に上り、その制作費を合計すると、「タイタニック」のような大作映画をはるかに越えるそうだ。
手で見る展示
美術館や博物館でよく見かける、「展示に手を触れないでください」という注意書き。美術品は目で楽しむもの、手で汚してはいけない……。一応納得できるが、じゃあ、目が見えない人はどうしたらいいの? 芸術を楽しめないの? それを意識したのは、京都の龍安寺を初めて訪ねた時だった。
夜間工事
あの、やかましい夜間工事がクール? 読者の皆さんにどうかしてるんじゃないかと思われるに違いないが、あえて言わせてもらいたい。
100円ショップ
皆さんおなじみの100円ショップ。よく外国人を見かけるなぁ、と思ったことはないですか? 「日本の物価が高いから100円ショップで我慢しているのかな……大変だなぁ」と、きっと同情したことでしょう。
「パソロボ」がやってくる
23日から、上野の国立科学博物館で「大ロボット博」が始まり、テレビなどで話題になっている。鉄腕アトムを生んだ日本で、ロポットは産業用だけでなく、人間のようなニ足歩行タイプでも世界最高水準だ。
僕はロボットには非常に関心があり、先週末は「アキパ・ロポット運動会」を取材した。ロボットの競走や、先端ロボットの実演などが行われるイベントだ。
去年は最先端技術を使ったホンダの「ASIMO」や、ココロという会社の人体型ロポット「アクトロイド」が紹介されたが、今年は自分で組み立てるようなホビー系の小型ロボットが主流だった。
その理由をロポット運動会の妹尾堅一郎エグゼクティブプロデューサーに尋ねた。「ロボットは研究所や大手企業だげのものというイメージがあるが、家庭でも楽しめることをこのアキパ・ロポット運動会を通じて強調したかった。三十数年前、パーソナルコンビューターが秋葉原から広まったように、パソロポ(パーソナル・ロボット〉もいずれ全世界に普及すると思っている」
会場で、「ファミロボ」の名で知られる3人家族と出会った。お母さんと娘さんが、お父さんの組み立てたロポットで対戦競技に参加している。お母さんのロボットはハロウィーンのコスプレ。娘さんの操縦テクニックはとても迫力があった。
体験・参加を柱にしたロボットイベントが結ぶきずなは、いずれ日本から全世界に普及すると確信した。
伊万里焼
8年ほど前、米国での出来事だ。フランス人のイヴァン・トゥルッセルは、日本人の妻から誕生日に、1枚の古い伊万里焼の絵皿をプレゼントされた。イヴァンはジャーナリストとして日本に滞在したことがある。以前から日本の古い?笥や民芸が好きだったし、もちろん日本の磁器を見るのは初めてではなかったが、白い生地に繊細な柄の描かれたこの皿の美しさに、あらためて感動した。そして日本から遠く離れたカリフォルニアで、少しずつ伊万里焼の収集を始めた。
アブダル・マリク
日本紀行今昔
僕が初めて日本に来た80年代後半、この国に関心を持った僕みたいな若者の旅は、辞書片手に何もかも1人で調べながらの冒険だった。パックツアーに参加するお金のなかった僕には、限られた滞在期間に、共通の趣味を持つ日本人と知り合うチャンスはまずなかったし、関心のあるイベントの情報を手に入れることもほぼ不可能。
和風アイス
夏にパリを訪ねるグルメな観光客はほぼ必ず、ノートルダム大聖堂の近くにあるアイスの名店「ベルティヨン」のシャーベットとアイスクリームを買い求める。3世代にわたってオリジナルアイスを作り続けている店で、野生桑の実や青リンゴのシャーベットは、フランス人にとっても夏の思い出とともにある味だ。
子どもも一緒
8月末に原宿の「スーパーよさこい2007」を見に行った。高知で50年以上の歴史を持つ「よさこい」は、今では札幌や沼津でも楽しまれている。原宿では2001年から。103チーム延べ6000人のメンバーが、鮮やかな衣装を身につけ、元気いっぱいの音楽に合わせて高度な振り付けを披露する様は、僕も観客を辞めて参加したくなったぐらい、楽しく良い雰囲気だった。
ちんどんに魅了されたピエール・バルー
来週9月17日、恵比寿ザ・ガーデンホールで開かれるバルーの15年ぶりのホールコンサートには、「ちんどんブラス金魚」というグループも出演する。今からとても楽しみだ。
文化の交差点
「コミックマーケット」には、外国人ファンがたくさん訪れる。スペインからは昨年、ツアーで60人もが来場した。フランスのマンガ専門学校からは、コミケと組んだ共同企画を考えたいと申し込まれたそうだ。
一方これだけ有名になると、観光気分で来場する外国人が増えるのは当然だ。日本のマンガについて予備知識のない人たちがいきなり、たくさん出品されている成人向け同人誌に出会った時、日本のマンガとはセックスを扱ったものだ、という誤解が生まれないだろうか。
コミケはには、特別な参加資格は必要ない。個人が同人誌という手段で自由に発信できる場だ。ネットがなかった時代から現在まで、アマチュアの自由な表現を守り続けている。HPやパンフレットで外国人向けに、こうした歴史を紹介したら、コミケの本意をより理解してもらえるのではないだろうか。
「コミケが世界中のマンガファンの交流の場になることは大歓迎です。でも、3日間で55万人を動員するイベントで、おまけに運営は手弁当。外国人来場者だけを特別扱いできないのが実情です」と、筆谷芳行共同代表は語る。
コミケのカタログなどを印刷している共信印刷の中村安博社長は、数年前から会場の一角で、海外のマンガをパネルで紹介している。コミケが文化の交差点でもあることを象徴する場面だ。コミケの側でも、もっと世界にアピールする手段を考える時期に来ていると思う。
言葉の壁超えるコスプレ
先週に続き「コミックマーケット」の話題をご紹介したい。
コミケと外国人
8月17〜19日に開催された日本最大のマンガ同人誌即売会イベント「コミック・マーケット」(通称:コミケ)へ数年ぶりに行った。3日間で55万人が来場と、オタクパワーはますます盛んだ。今回特に注目したのは、外国人参加者のこと。
食品サンプル
外国人観光客にとって、日本の飲食店の前に飾ってある、本物そっくりの食品サンプルは、とてもありがたい。
言葉が全然通じない国へ旅行に行った時、最大の冒険は、食事の時にあるかもしれない。おなかを空かせてレストランに入ったのに、出てきたメニューは読めない文字だけがズラッと並んでて、さぁ、何を頼んだらいいか、ちっとも分からない……辛うじて注文すると、想像と全く違うモノがテーブルに運ばれてくる。
その点、店の前に食品サンプルがあれば、言葉が全く分からなくても、料理のボリューム、盛り付けなどのイメージを立体的に目で確認して、食べたいものを選んでから店に入れる。店員に言葉が通じない確率が高いので、一緒にサンプル前に行き、指さして示せば、間違いなく好きなモノを注文できる。
もう一つ、食品サンプルは店の看板より雄弁に店を語る大きな役割を果たしている。サンプルの状態を見て、お店の雰囲気、やる気などを判断することができるからだ。分厚いホコリが積もっていたり、年月がたって日に焼けたサンプルが並んでいると、その店には入る気がしない。
ちなみに食品サンプルは、外国人観光客の間ではお土産としても人気があって、僕も日本に遊びに来た知り合いを何回も、合羽橋の専門店に案内したことがある。
日本以外の国では目にしたことがない、クール! そして便利! なアイテムだ。
神楽坂の眺望
神楽坂は知る人ぞ知る、フランス人の多く住む街だ。近くに日仏学院やフランス人学校があるので、子どもの通学の便を考えて引っ越してくる人が多いが、それだけが理由ではない。神楽坂には古き良き東京の雰囲気がまだ残っていて、それが外国人を惹きつける。僕もこの街の情緒を「クール!」と感じる一人だ。一歩路地裏に足を延ばすと、昔ながらの木造家屋や石畳の狭い路地。まるでタイムスリップしたかのようだ。癒しの時代と言われる今にぴったりの、とても落ち着いた街。
ガイドブックで必ず「江戸時代を感じさせてくれる東京唯一の街」など紹介されるのは浅草だ。それに比べて神楽坂は地味な存在だった。しかし最近は、カメラを持った日本人や外国人観光客をよく目にする。この春、テレビドラマ「拝啓、父上様」の舞台になったために、認知度が急に上がったのかもしれない。
数年前、神楽坂に初めてタワーマンションが建てられた時には、かなりの反対運動が起こった。しかしマンションは結局建設され、今も何件も建設中だ。辛うじて残っている神楽坂の雰囲気がビル群によって潰されるのは時間の問題だ。
美しい景観が観光資源であることを理解している京都市は、景観地区のビルの高さや屋外広告などを制限して、イメージを守ろうと努力している。それとは逆に、住民の思いを無視し、高層マンションが建ち続ける神楽坂。これ以上、街の雰囲気が破壊されないよう、早めに対策がとられることを願っている。
居心地のよい店
今回は、僕が日本の居心地の良さを一番感じるところを紹介したい。渋谷のんべい横町の焼き鳥屋さん「鳥重」のことだ。
敗戦後間もなく開店した、4坪あるかないかの店。あまりにも人気の店なので、予約は一週間前が常識だ。
安くて美味しいのは、言うまでもない。「柔らかいモツ」に山椒をかけ、「心臓」に柚子胡椒を少々など、メニューと食べ方も、それを「お母さん」が供する手順も、昔から決まっている。定員11人×3回の入れ替え制は、一人一人のお客を大切にしたいお母さんの心のあらわれだ。
この店では、そんな「お母様は神様」。最初の串が炭火のコンロに置かれない限り、どんなにのどがカラカラでも、飲み物の注文は御法度。欲張って多めに注文すると、「バラール氏、そんなに召し上がれますか?」と心配そうに注意される。
串を焼く手が落ち着くと、お母さんは冗談を交えながらお客さん皆に声をかける。十八番は健康相談。無理して11人がやっと座れる狭い店で、皆が気持ちよく会話に参加し、日常的な心配事と時間を忘れる。
ネオンがまぶしい渋谷駅近くで、ここだけは時間が止まったように感じられる。古い木造の、ガラス戸を引いて入るこの店を、超エキゾチックと感じる外国人もいるだろうけれど、僕の胃袋とともに心も引き寄せたのは、あふれる人情だ。この店がなくなったら、僕の渋谷のクール地図は大いに変わるだろう。
丁寧なサービス
近くパリに渡航予定の日本人の知人から、アパルトマンに電気を引く時にはどんな手続きがいるのかを尋ねられ、彼に代わって民営化されたばかりのフランス電力公社(EDF)に電話をした。長い呼び出し音の後やっとつながったと思ったら、何のあいさつもなく、電話を保留にされた。そしてそのまま、職員同士の私語やキーボードの操作音などを聞かされながら待った。
きっと他のユーザー対応に忙しいのだろう……。数分たって、忘れられたのかも……と心配になったので、こちらから「Allo?(もしもし?)」と叫んで相手にアピールしたが、相変わらずの無反応。僕は特に辛抱強い質ではないのだが、友人のためにもあきらめたくなかったので、そのまま待ち続けた。
そうしたら、こういう会話が聞こえた。「しぶといなぁ……なかなか電話を切らないんだよ。こっちから切るしかないなぁ」。すぐに電話は切られた。一言も会話することなく、45分が過ぎていた。
日本の皆さんには信じられないだろうが、フランス人の友達にこの話をすると、母国の銀行や役所、郵便局、保健所などで似た体験をした、という声があちこちから上がった。しかし、僕は東京で暮らした20年間、窓口の職員から一度もこのような対応をされたことがない。いかに日本のサービス精神が僕ら外国人にとってクールか、わかってもらえる?
日本へのラブレター
表面的な「クール」にとどまらず、日本の本質を評価し、「本命」と思っている外国人もいる。その先駆者の一人が、フランス国立科学研究所の研究員ジャン=フランソワ・サブレ先生。日本の部落問題や教育制度が専門の社会学者だ。
オタクデモ
去る6月30日、秋葉原で世界初の「オタクデモ」があった。「アキハバラ解放でも」数百人の自称オタクが、アニメソングを歌いながら秋葉原の中央通りを中心に、交通規制をキチンと守って行進した。
「革命」ならぬ「革萌」と書かれたヘルメットを始め、学生運動のデモ装備一式のパロディーを身につけたリーダーたちの横に、メード姿の女性やコスプレファン。皆、マンガを捨てて街に出た。僕も取材でデモに飛び込み、とても楽しかった。
主催者の一人、古澤克大氏に、デモの趣旨を尋ねた。「〝アキハバラが好き″と発信したかった。最近、マニアの店が裏通りに追いやられている。次第に秋葉原がただのビジネス街に変化し、僕らオタクにとって居心地が悪くなりそうに感じている。そして表現や遊びの自由に関する危機感もある」
僕は、このオタクデモはとても象徴的な出来事だと思う。ここ数年で日本発のポップカルチャーが世界に普及したのは、オタクのおかげだ。それに対して、企業や政治家はアキバ発の諸々を、アミューズメント・ビジネスにとってのコンテンツや、外交の手段と考え、カルチャーとはとらえていない。
欧米のカルチャーと違って日本の文化には規制が少ないから、海外の若者は日本の文化にあこがれる。でも、オタク的な臭いを消毒してしまえば、魅力も半減するに違いない。
だから、僕のスローガンはこうだ。「アキバを遊園地にするな!」
ジャパン・エキスポ
今日から3日間、パリ郊外でジャパン・エキスポが開催される。今年で8回を数えるこのイベントは、フランス全国の日本びいきの人々にとってはずせないものだ。昨年は3日間で6万人強が参加し、今年はさらに増えて7万5000人の動員が予想されている。
昨年は、土屋アンナのコンサートや渋谷系ストリートファッションのショーが開催され、ファンが殺到した。今年は、元X.JapanのYOSHIKIの会見とサイン会やプロレス大会の他、武術、日本語会話入門、書道、カラオケ大会、コスプレ・コンクールなど、Jファン(日本にあこがれる若者)の関心は多彩だ。
十数年前、日本のマンガやアニメに関心を持つフランスの若者は少数派だった。彼らは定期的にパリ市内の日本人向け書店の前に集合し、情報交換をしていた。僕も何度か取材したことがあるが、その熱心さは今でも記憶に残っている。
当時、フランスのテレビや新聞が日本のサブカルチャーを伝えることはめったにない。しかしネットを通じて生の情報にアクセスできるようになった結果、Jファンと呼ばれる層ができあがるまでになった。彼らにとって、行きたい国ナンバーワンはもちろん日本。しかし、ほとんどがまだ、一度もあこがれの国を訪ねたことがない。そういうファンにとって、ジャパン・エキスポはパスポートのいらない日本への旅の始まりなのだ。
透明傘
梅雨といえば傘。知り合いのフランス人漫画家ピエ一ル・フェラギュは、透明傘にとても感動している。
説者の皆さんは意外と思われるかもしれないが、日本ならば1 00円ショップでも買える透明傘を、フランスでは見たことがない。
ピエ一ルは漫画の中でも透明傘の利便性を紹介した。歩道いっぱいに人がひしめく東京の街では、不透明の傘は不便だ。前方を確認できず歩きにくいし、向こうから来る人といつぶつかってもおかしくない。
傘の歴史が長いヨ一ロツパでは、布製が常織で、ビニールの傘はほとんど見かけない。男性はシックな黒や紺色の大きめの傘、女性は折り畳み式か色鮮やかな傘が主流だ。透明傘はあまりおしゃれではないが、土砂降りの時には、おしゃれより実用が優先。それもジャパンセンスの一つだ。
透明傘といえば、自治体や駅などの無料の貸し傘サ一ビスが、僕はとても好きだ。朝の天気予報をよく調べ、雨の降る破率が高ければ、傘を忘れずお出かけするのが日本人の常識。とても賢明だ。でも、僕のように傘をあちこち忘れる人に、このサ一ビスはとてもありがたい。 おかげで何度も助かった。もちろん翌朝、ありがたい気持ちでその傘を駅に返す。しかし話によると、返却率は低いようだ。 それでもこのサ一ビスがなくならないことを、僕はとても評価する。営利を離れて市民を思いやる点はさすが日本の 住みやすい社会
もク一ルジャパンの一つだと思う。
鳶ズボン
ファッションっていうのは、面白いところから影響されるモノだ。日本人には思いもよらないモノが海外から来る人々にとっては超クールなのはよくあること。そしてその印象が、いずれハイファッションに導入される。10年以上前だが、知り合いの映画監督が来日した時、面白いことを言っていた。「ねぇ、日本の男子高校生が着ている服はどこで手に入るの?あの襟はたまらなく格好いい。あれをパリに持って帰りたい!」
彼が欲しがったのは学ランだった。専門店に連れて行くと、お店の人は驚きながらも丁寧に対応してくれた(監督は体がでかいのでぴったりサイズを探すのは大変だったが・・・)。彼のようなトレンドリーダーがそういう「レアな服」をパーティーなんかで着ると、欧米のデザイナーもそこから着想を得た新しい服を提案する。実際、ヨーロッパで詰め襟をよく見るようになった気がする。
次に注目すべきアイテムは、建築現場で働いている人々が履いている、あの鳶ズボンだ。アルマーニやディオールが好きなファッションエリートの日本人には縁遠い服だが、あの特徴的なちょっと出っ張っている裾の部分を見て、来日した知り合いが何人も「クール!」と感動していた。欧米のファッションショーに鳶ズボンが現れ、逆輸入される日が近いかも知れない。
広告トラック
先週までは、僕が心から納得した「クールジャパン」を紹介してきたが、今回は異議ありの格好良さ。
先日、来日した友人と渋谷で待ち合わせ、ぶらぶら街を歩いた。花金の渋谷駅前交差点周辺は、いつものように歩道も車道も大渋滞。信号待ちをしていると突然、彼が歓声をあげた。見ると、赤信号の前に光る広告トラックが3台並んでいる。「いやぁ、すごいインパクトだ! さすが渋谷!」と友人は感激している。
でもちょっと待って! 確かに印象に残る広告媒体だ。でもここ数年、週末の夕方の渋谷周辺は、広告トラックのせいで渋滞地獄。ただでさえ交通量が多いのに、大型トラックが同時に十数台乱入するため、渋滞がさらに悪化している。
広告トラックの運転手たちは、すごいドライビングテクニックの持ち主だ。わざとゆっくりゆーっくり走り、絶妙なタイミングに赤信号で止まるという離れ業をやってのける。その結果、信号待ちの人々への広告効果が高まるのに比例して、交通渋滞はさらにひどくなる。
広告トラックの経路を追ったことがあるが、巡回範囲はなんと約2キロ(!)だった。道理で同じトラックを何度も目にするはずである。
同じ動く広告でも、ラッピングバスは乗客を運んで社会に貢献しているが、広告トラックは交通渋滞と反・省エネで世の中に逆流している。こういう広告が本当にクールかどうか、企業も考えてみればいいのに。
五本指靴下
今回は、長年の友人でもある女優のジュリー・ドレフュスと久しぶりに食事に出かけた際のお話。仕事柄、東京とパリを頻繁に往復する彼女。最近、日本から持って帰るおみやげで、もらう人々を最初驚かせるが、結果的にとても喜ばれるものがあるそうだ。
そのおみやげとは?五本指靴下だ。数年前までは、これを履くと人前で靴を脱ぐのがちょっと恥ずかしいと彼女自身も感じていた商品。
それが今や彼女の家族や友人の殆どが五本指靴下のファンになったそうだ。「お父さんも最初は抵抗感があったらしくて、一本一本指を入れるのが面倒くさくてブツブツ言ってたの。でも一時間も履いたら、長時間歩く日は五本指靴下しか履かないとまで言うようになったのよ」と、嬉しそうなジュリー。
ジュリーの妹は自信たっぷりに「パリのおしゃれなブティックに売り込めばヒット間違いなし!」と大絶賛。日本国内ではもともと、水虫対策にきくとしておじさんの間で人気だったそうだが、最近は脚が冷えない、疲れにくい、と評判になり、さまざまな色柄が発売されている。
「でも五本指でさえあれば、どの靴下でもいいと言うわけではないのよ」と、ジュリー。「シンプルな無地の黒いのが一番喜んでもらえるの。子どもっぽい柄の靴下はやっぱりいくら快適でも嫌みたい」
僕も愛用中だが、おみやげには考えなかった。メルシージュリー!
朝の掃除当番
店の従業員が開店前、箒を片手に店の前を一生懸命掃いている姿。僕が20年間の東京暮らしで毎朝目撃する、とてもクールな光景だ。掃除がクールだなんて意外でしょう?
初来日の外国人も長く日本で暮らす外国人もみんな、口をそろえて高く評価するのは、東京の路上の清潔さだ。読者のみなさんもご存じと思うが、外国の路上は汚いことが多い。その理由は国によりさまざまだろうが、フランスでは、街の掃除が民営企業かその街の清掃局に一任されていることが大きい。
面倒な汚物の処理を他人にやってもらえるこのやり方は、住民にとって一番手間が掛からずありがたい。しかしその結果、住民は自分の店や家の前すら掃除する習慣がない。道路が汚れても、清掃局が来ない限りそのまま知らんぷり。通り掛かる人々は我慢する他ないのが実情だ。
その正反対の東京の路上。写真の左に写っているビジネススーツ姿のお兄さんは、神楽坂に本社を構える飲食店チェーンの社員だ。毎朝8時から8時半の間、全社員で神楽坂上の交差点周辺を一斉に掃除している。話を聞いたら、社長が街への貢献として社員たちにさせているとのことだ。東京でも自治体の清掃車が夜中に走っているにもかかわらず。
学校でも掃除当番があるから、子供たちは共同スペースを汚すのはいけないことだと教えられる。こうやって、自然にクールな国民が生まれるわけだ。あとはカラスさえゴミのポリ袋を破かなければ……。
新・三種の神器
「フジヤマ、ゲイシャ、タクシーの自動開閉ドアー」は長いこと外人観光客にとってのイメージだった。「三種の神器」にも等しいクールジャパンだ。でも、時代は変わった。ここでは、21世紀にふさわしい新しい三種の神器を提案したい。
まず、フジヤマより、「アキハバラ」。この街は今、外国人観光客が訪ねる機会のもっとも多い街になった。家電製品量販店はもちろん、オタク系の店も注目を集めるようになり、英語や中国語のガイドブックにも載っている。
そしてゲイシャより、「ギャル」。昔の日本映画にはしばしば、和服姿の芸者さんが登場した。しかし芸者に限らず和服の女性を街中で見かけることは、今ではあまりない。その代わり、海外に進出したマンガやアニメのおかげで、ギャルは日本女性の象徴にまで成長した。彼女たちはかつての芸者と同じように、異国情緒への憧れをくすぐる存在だ。
最後に、タクシーの自動ドアより、近づくと音もなく開く「自動開閉トイレのフタ」。これがどれほど、この国の合理性お技術力を外国人に面白くおかしく伝えるアイテムであるか、日本人には想像できないだろう。洗浄便座すらない国々から来た人が、高級レストランやホテルのお手洗いに入り、初めて自動開閉トイレのフタとばったり「出会う」瞬間。それはもう、未来都市に流れ着いたような体験だ。
この新しい三種の神器は、これからますます海外で、日本の代名詞となるに違いない。
販促用DVD再生機
過日、お寺の賽銭箱窃盗事件が報道され、日本の治安の悪化を憂える新聞記事をいくつも目にした。数百円の被害とはいえ、確かに泥棒はいけない。八百万の神々がお怒りになるに違いない。それでも僕は、治安の悪化を心配している人に反論したい。
僕は日本の最新トレンドを欧米の企業に報告するコンサルティングもしているので、しょっちゅうデパートやスーパーに足を運ぶが、海外では考えられないことが、日本のスーパーでは日常茶飯事だ。 おそらく、買い物をしている日本の主婦たちにとっては当たり前の風景なのだろうが、主にフランス人である僕のクライアントたちが、見かけると驚きを隠さないあるモノがある。
驚きの原因とは……新商品を紹介するために使われている小型DVDプレーヤーだ。○○のタレとか、歯や歯茎によい効果をもたらす歯ブラシ、奇麗なお姉さんの奥の手メイクアップグッズなどを動画で紹介するために、どの売り場にも何台もある、あのDVDプレーヤー。
「よくもあんな高価な機器をスーパーのあっちこっちの棚に置くものだ」。少なくとも欧米では、こういうものを販促ツールに使ったら、一時間もたたないうちに盗まれるに決まっている。「さすがに日本の治安はいいね。素晴らしい! うらやましい国だ」
日本の治安について知りたかったら、井戸の中の大和蛙に聞くより、外来種に聞いた方がよい。
ハローキティのコルセット
ハローキティが海外でも大スターであることは、もはや読者の皆さんもご承知の通り。そのキティちゃん人気には二通りあることを、ここで説明したいと思う。
本来のターゲットである女の子向けのキャラクターとして定着しているのは、別にいまさら驚くことではない。香港や上海のデパートなどでも大活躍。キティはすでにディズニー系の子供向けキャラクターと十分対抗できる知名度を備えている。
だが、キティは子供だけではなく、大人の欧米人女性にも受けている。おしゃれ感覚にうるさい彼女たちは、本来ならば、キャラクターはノーサンキュー! だが、キティちゃんだけが別格だ。ハローキティグッズは日本の若者文化に興味を持っている欧米女性にとって、欠かせないアイテムだ。キーホルダーでもいい、バッグやイヤリングでもOK。セクシーや大人ぽっさだけでマンネリしている欧米ファッションは、遊び心を求めて、日本流の「かわいさ」に目覚めたということだ。
例えば、昨年の夏、パリ郊外で行われたジャパン・エキスポでは、キティちゃんのコルセットを見つけた。このイベントは、毎年フランス全国の日本ファンが集まるお祭りで、去年は三日間で六万人も動員した。そこでキティちゃんコルセットを試着していた女性に尋ねたところ、ハローキティは日本ファンにとって、「かわいい」の代名詞だそうだ。
街でキティアイテムを身につけている欧米人女性を見かけたら、さり気なく声をかけてみてください。きっと「日本はクール!」と答えてくれるだろう。
江戸小紋の和紙
先週はカナダ出身の写真家が試みる新しい和紙の使い方を紹介したが、今回は伝統を支える和紙に注目したい。江戸小紋の繊細な柄に不可欠の、和紙製の型紙だ。大きさおよそ45センチ×30センチ。細かいものだと1センチ四方におよそ100個もの小さな穴をあけて、文様が彫られている。
僕が初めて型紙を知ったのは、装幀家の熊谷博人氏のコレクションを見せてもらったのがきっかけだった。その縁で、人間国宝の染師・小宮康孝氏の仕事場を訪ね、作業の様子を見学した。
板に張った絹地に型紙を付け、箆を使ってむらのできないように糊を置いていく。1反(約12・5メートル)を染めるのに、この作業を40〜80回は繰り返すので、型紙の和紙には、耐久性と耐水性が求められる。
康孝氏の長男で小宮家3代目である康正氏によると、特注した紙に柿渋で加工して何枚かを貼り合わせたものが、産地から届く。それを何年か寝かせて渋を安定させた後、発注する型紙の柄に適した厚さのものを選ぶ。1000枚つくってもらったうちの50枚程度だそうだ。そこに専門の職人が彫刻刀で文様を彫って型紙が出来上がるが、染めに使うまでに、さらに数年寝かせる。
和紙・型紙・染めという3つの技術が高い水準で保たれて、初めて成り立つ江戸小紋。しかし今では国内需要が減って、技術を保つのが難しくなりつつある。江戸小紋がこの世から消えてしまわないように、その良さを海外にアピールして、愛好者を増やす工夫をしたいと思った。
和紙はジャズ
東京・お台場に作られた特設会場「ノマディック美術館」で行われている「Ashes and Snow」展に行った。カナダ出身のアーティスト、グレゴリー・コルベールの大型写真50点以上と映像が展示されている(6月24日まで)。
コルベールは大自然の中の動物と人間の触れ合いを題材に、南アジア、アフリカ、南米などで、チータと老女、ゾウと少年などの交流を、15年間かけて撮り続けてきた。彼の写真の優れた点は、人間と野生動物の穏やかで心静かな瞬間を捕らえているところにある。両被写体の融和は、神秘的な体験とすら言える。
この展覧会を見に行ったもう一つの理由は、コルベールが作品のプリントに使っている紙に興味あったからだ。横長の作品でおよそ2.5×3.5メートル。すべて、手漉きの阿波和紙に写されている。大きさはもちろん、厚さや色みなどもコルベールの要請に合わせた特注品だ。
この有名なカメラマンに和紙の魅力を尋ねた。
「いろいろな素材を使ってみたが、和紙は僕の作品に一番合っている。題材と素材がぴったり融合しているのだ。光の写り方が他の紙とは全然違う。温かい、三次元的な表現ができるし、手作りなので同じモノは二度と作れない。和紙はジャズのように、アーティストの遊び心をもっとも表現できる素材だ」
日本の伝統的な技法を代表する和紙は今、意外なところに使われて、改めて評価されている。